1月14日 15:06 国立競技場・高踏控室
高踏の控室では、陽人が感想を述べていた。
「少し周りに頼り過ぎの部分もあったように思った。積極的に仕掛けていく姿勢も必要だと思う」
陸平が頷いて応じる。
「いつもセーフティファーストの僕が言うのも何だけど、確かにその傾向はあったかもしれないね。ただ悪くはなかったと思うよ。相手のどこかにほころびがあるかもしれないし」
北日本短大付属のクリスマスツリーはその隊列をほぼ崩さないまま戦っている。ただ、どこかのポジションでその交替に綻びが出るかもしれない、という期待もある。
「とりあえず綻びは無さそうだということが分かったのは、収穫だよ」
「まあ、確かにそうかもしれないな」
「新条さんというシュートに滅法強いゴールキーパーがいるから、単発のシュートに関してはある程度捨ててしまっている。チームの強みをよく理解しているなって感じだよね」
颯田も腕組みをする。
「そうだよなぁ。良いコースに行っても、簡単に止められている。ジャストミートで完璧なコースに行かないと入りそうにない。もう一つ工夫が必要だが、そのコースを作りに行くしかないか……」
「そうだね。五樹が2人くらいまとめて抜けばコースも空くだろうし」
「俺にそんなこと求める!?」
無理に決まっているだろ、という颯田の抗議に笑いが起きた。
笑いがおさまったところで後半の意図を話す。
「隆義の状況を見ると、純と俊矢も体力面に不安があると思う。準備はしてもらいたいけれど、いつもより優先順位が下がるところは分かってほしい」
「……まあ、仕方ないわな」
決勝は試合時間が前後半5分ずつ長いうえに延長戦もある。
芦ケ原が前半35分前後までしかもたなかったところを見ると、同じく休んでいた篠倉と櫛木も同じような状態にあるかもしれない。
「真人には例によって15分まで目いっぱい飛ばしてもらう。その後は真治と交替だ」
「OK」
鈴原が頷いたのを確認して、浅川を見た。
「仕掛けて行こうと言った手前、矛盾した発言にはなるが浅川は15分までは控えてほしい。戎が入った後は練習通りに動いてもらって構わない」
「分かりました」
「戎も同じくらいのタイミングで入ってもらう。誰と交替させるかはまだ決めていないが。残る2人については状況に応じて使っていくつもりだから、全員準備はしておいてほしい」
陽人の言葉に全員が頷いた。
続いて、林崎と神津の方を見た。
「前半、最後尾にいて気づいたことはあるか?」
林崎が首を振る。
「いや、特にはないかな。もうちょっと仕掛けても良いようには思ったが、それは陽人も言っていたことだし。あ、そういえば」
と、隣にいる神津を見た。
「仕掛けるという点では、状況によって洋典も前に向かってしまって構わんぞ」
指名された神津が驚く。
「僕も前に行くんですか?」
「もちろん、状況によって、だけどな。後ろの枚数というのは難しいもので相手のカウンターを取られそうになったシーンでは足りなかったが、それ以外の場面ではどっちかがもう少し前に出ても良かったんじゃないかとも思った。佃は厄介だが、スピードに関しては翔馬も負けていないし、洋典が前に出て動かすのもアリだと思う」
「……分かりました。ちょっとやってみます……」
神津が戸惑うのも分からないではない。
前半、サイドバックの片方は前線近くまで上がっていたシーンも多い。その状況で神津まで前に行った場合、中央から片方のサイドを1人で見ることになってしまう。いくら高踏が攻撃的と言っても、これはやりすぎではないか。
とはいえ、そのくらいのメンタリティでいるのも必要だろう。
だから、陽人は制止しないし「上がる場合に注意しろ」というようなことも言わない。責任逃れするようなことを選手に言うと、結局神津は上がらないだろうからだ。
(ただ、そういう展開をガンガンやるなら右はともかく)
右サイドバックの立神はスピードがあるため、仮に裏を取られたとしても何とか追いつけるだろう。
一方、左サイドバックの園口は決して遅いわけではないが、立神とは比較できない。
仮に立神と神津が上がって2バックのような状態になった後、左側から来ると不安になる。スピードという点では優秀な神田の方が安心できるかもしれない。
(でも、考えてみれば……)
陽人は一年前のことを思い出す。
県予選前は、裏を守り切れる自信がないのでサブチームにスピードのあるCB石狩を回していた。
CB2人の関係を心配して片方に早い選手を置いて保険をかけていた。
それが一年ちょっと経って、CB2人のいずれかをあげたうえでのスピードの心配をしている。CB2人についての心配など微塵もしていない。
今の心配はチーム力がそれだけ上がり、戦術がしっかり遂行できているからこその新しい心配である。
(そうなると来年は後ろに1人だけになっていて、その1人の速力を心配しているかもしれないな)
そう考えると、少し面白いと思った。
時間が近づいてきた。
「よし、後半だ。ここまで戦えるチームは2チームしかないわけで、プレッシャーもすごいけれど貴重な経験になるはずだ。練習でやった通りのことを見せてくれ!」
陽人の言葉に、全員が「おう!」と力強く応えた。
そのまま、一同列をなして、後半のピッチへと進んでいった。
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