1月14日 15:05 国立競技場・北日本控室

「うまくいかないなぁ」


 控室に戻りながら、夏木は溜息をついた。


 夏木と同い年のコーチである五十嵐はその言葉に首を傾げた。「ピンチはなかったし、最大の決定機はこちらだったから悪くないのでは」と、チームを擁護するようなコメントをする。


 夏木も「もちろん悪くはない」と意見を認めるが。


「瑞江のような天才はいないものの、1対1なら勝てる技量の選手はこちらの方が多いはずなんだ。相手の攻めに一杯いっぱいで対応に必死というのならともかく、きちんと攻めを受けられているのに、ここまで攻められないとは」

「確かに、高踏はあまり焦っていない雰囲気はあるな……」


 スタンドにいる愛知三人衆は前半について「高踏は個人で仕掛けにいかなかった結果、攻めあぐねた」と評価している。


 夏木と五十嵐はそう見ることはなく、「高踏は落ち着いている」という評価となっている。実際、無理に仕掛けることなく、それなりのチャンスでシュート自体は打てているので「このまま押し続ければ良い」と冷静に試合分析している可能性もなくはない。


 第三者的に見ているか、当事者として見ているかの違いが出ていた。



 もう一つは最後に待つPK戦の存在だ。


 実績は僅か一試合ながら、高踏の控えGK水田明楽のPKストップぶりは全国に知られるところとなっている。0-0のまま行くことは、北日本にとって望ましいことではない。


「どこかでもう一段階ギアをあげなければいけないが……」


 それが隙に繋がってしまうかもしれないという恐れがある。



 点を取りたいが、高踏は焦る様子もなく0-0で付き合っている。


 乾坤一擲のカウンターのチャンスがあったが、そこをフイにしてしまった。


 もちろん、シュートを外した筑下はじめ、全員ベストを尽くしたので問題にはできないが先制点が欲しかったという思いは強い。



 戻ってきた選手達を前に前半を振り返る。


「もう少し攻めたかったが、総じて悪い内容ではなかった」


 本人達を前に「満足ではない」とはもちろん言えないし、これもまた本心である。


 高踏相手に自分達のやり方でどこまで守れるか。大丈夫だろうという自信はあったが、それでも不安はあった。


 その部分では、選手はよくやっていた。間違いのない事実だ。


「ただ、このままでは勝てないのも事実だ。どこかでリスクを負う必要もある」


 選手達も頷いた。



 夏木はホワイトボードに後半の交替予想を書いていく。


「高踏は15分から20分に戸狩を入れてくるだろう。同じタイミングで戎も入ってくる」


 鈴原と颯田を消して、戸狩と戎の名前を入れる。


「つまり、よりギアをあげてくるはずだ。戸狩と戎が入ることでボールスピードがあがるかもしれないから、ここまでは我慢してツリーを維持しなければならない」


 選手達が頷いた。


「それを耐えきってから。30分くらいからが勝負だ。この時間帯はこちらもそうだが、向こうも一杯一杯のはずだ。ちょっとしたプレーが結果を分けることになる。とはいえ、これは去年も経験していることだ。恐れずに進め」

「はい!」



 続いて交替策を説明することになる。


「下橋と石塚がインフルエンザで離れている以上、戦術的にこれだと起用できるのは高本しかいない。ただ、まずは高踏の攻めをしのぐ必要があるから入れるなら30分以降の短い時間となる。それまでに動けなくなったものがいたら、補填していく形で交替メンバーを入れていく。場合によってはないものと思え」

「分かりました」


 ベンチメンバーの方にも視線を向ける。


「ということだから、全員出場機会があるものと思うように。分かったな」

「はい!」

「よし、それでは後半に向けて残りの時間は瞑想だ」



 夏木の言葉に、本人を含めた全員が目を閉じる。


 それ以外の恰好は個々人によってさまざまだが、全員目を閉じて、自分の考えに集中する。



 こうしたことをやるようになったのは、昨年の大会以降だ。


 神頼みというわけではない。目を閉じて集中することで脳の中の考えが整理されてパフォーマンスがあがるのではないかという峰木の思いつきによるものだ。


 それ以降、選手権で優勝、総体でも準優勝と結果が出続けているので、引き続き取り入れている。



 夏木も目を閉じ、後半の様々な状況を考える。


 事前に考えていたものもあるし、ひょっとしたらこんな展開もあるかもしれないというものもある。


(もしかしたら、高踏は更に一歩進んだものを後半に見せてくるかもしれない)


 その場合、チームとして対応できるのか、自分は何を指示すべきなのか、そもそも仕掛けてきたことに気づくために何をすればいいのか。


(……)



 セットしておいた携帯のアラームが鳴った。ハーフタイムも残り3分である。


「よし、行こう」


 夏木の言葉に選手の表情が変わる。気持ちを一新させて、後半のピッチへと向かっていった。

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