1月14日 14:53 国立競技場
35分を過ぎたあたりで、陽人は首を傾げた。
交代策は引き続き考えているが、別のことが気にかかってきた。
「隆義、大分疲れているな……」
芦ケ原の動きが如実に落ちてきている。
元々圧倒的なスタミナがあるというタイプではないが、特別早いわけでもない。
後田も同意した。
「体調不良の影響はないだろうが、土日休んでいたことで落ちているかもしれないな」
「……だとすると、純と俊矢はやっぱり使いづらいな……」
個人差はあるだろうが、同じような状況にあることが考えられる。
念のため、前線の選手達にアップを命じて考える。
決勝戦は45分ハーフである。
更に90分が終わって同点の場合に延長戦がある。
40分前後で疲労が心配になってくるとなれば、終盤以外では起用できない。
どうしても高さが必要なら篠倉を使う余地はあるが、フィジカルを活かした得点力という櫛木の特徴は明確なものに欠け、使いづらくなってくる。
「……良し悪しを別に、陽人の言う方針で行くことになりそうだな」
そうなると、攻撃で使えるカードは戸狩、司城、浅川、戎、篠倉となる。
篠倉も優先度が下がるので浅川の起用順位が上がる。
後半開始時点で戎を入れて中盤のスピードをあげる。
15分で浅川と戸狩となるが。
「延長を考えると、浅川を先に入れた方がいいかもしれないな」
浅川は体力という点では非常に恵まれている。連戦でもあまり落ちないし、90分でも120分でも問題なく走れる。
戸狩は元々30分程度しか全力で動けないし、復帰明けの試合という問題もある。リハビリは年末に終わったし、体調面はこの一週間で万全に仕上げているが何が起きるか分からない。
どのタイミングで入れるか、判断の問われるところである。
一瞬注意をそらして考えていると、スタジアムにどよめきがあがった。
高踏は初期の布陣に戻っている。
左の前線で佃がボールを受けた。この時点で遅れている芦ケ原にドリブルを仕掛けてあっさりとかわして後ろのスペースを目指す。
「チャンスだ!」
北日本側のベンチが総立ちになる。
佃は左サイド中央寄りのスペースを走り、それを北日本の複数の選手が追いかける。
立神と神津が下がりながら対応しようとしているが、北日本はこの試合初めて左サイドバックの三戸田も上がってきた。左サイド側にいる小切間を入れると局面で3対2である。
佃が簡単に三戸田に出して前に向かう。必然、立神は三戸田に、神津は佃につくことになり、三戸田が小切間に出すと、完全にフリーだ。
小切間は最初のトラップを落ち着いて行い、ルックアップして逆サイドへクロスをあげた。
鹿海の前、林崎の背後で、園口がいないスペース。
七瀬の頭を超え、その後ろを走る筑下がボレーを放つ。
「来たー!」
という北日本側の声は、直後に溜息に変わる。
鹿海の右手に当たってボールが弾かれ、追いついた神津が外に蹴りだした。
ゴールならず。
陽人と後田は全く同じタイミングで「危なかった~」と声をあけてベンチに座り込んだ。
鹿海のスーパーセーブであるが、彼の渾身のセーブというよりは、偶々手を伸ばしたところにボールが来たという雰囲気である。まさに命拾いといったところだ。
「交代だな」
芦ケ原は限界のようだ。
陽人はベンチの後ろに声をかける。
「浅川、行くぞ」
「……え? あ、はい!」
浅川が戻ってきて、ビブスを脱ぐ。
全員がやや意外そうな顔をした。前線の札という点では優先度がそれほど高くない浅川が最初の交代ということに驚いたようだ。
「戎じゃないのか?」
後田が小声で確認してきた。
「戎は後半丸々という形でプレーさせたい」
フィジカルという点で疑問のある戎は、しっかりと計算された中でプレーさせたい。
表現が悪くなるが、浅川は多少雑に扱っても心配がない。前半残りの時間をひたすら走らせるという点では浅川の方が使いやすい。
更に元々高身長であるが、それ以上にヘディングも強いのでセットプレーのシーンでも活きる。
39分に芦ケ原に代わって浅川が入る。
「すまん……」
ベンチに戻った芦ケ原が謝罪する。さすがに替えられた理由が分かっているようだ。
「隆義のせいじゃないさ。元々体力が落ちているところに、決勝の緊張もあるし時間も長くなっている。もう少し慎重に考えるべきだった」
直後のセットプレーは神津が跳ね返した。そこからロスタイムも含めた残りの7分はこれまでと同じ展開に戻る。高踏がボールを支配し、シュートまでは行けるが点になりそうなところまでは行かない。
前半終了の笛が鳴った。
0-0。
スコアレスのまま、ハーフタイム、そして後半へと向かうことになる。
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