1月14日 14:36 国立競技場

 試合前、始球式のセレモニーにヘーゲルが登場し、スタンドが湧き上がった。


 通訳を交えて、「ここ数年、日本は世界大会で強豪チームに勝つことも珍しくなくなり、去年は今日の世代の子達が優勝しました。日本のサッカーが益々進化している様子を見ることができていること、今日決勝の舞台に居合わせることができてとても幸せです」とコメントし、会場が湧き上がる。



 その沸き立った雰囲気のまま試合が始まった。



 北日本は準々決勝の時と同じく、センターサークル付近からボールを取りに来る。


 二次、三次と選手がボール奪取にプレスをかけてくるし、後ろに下げるなどして時間をかけるとプレスをかけたポジションで周囲と調整して、クリスマスツリーの形を維持する。


 北日本が形を維持しつづければ、高踏はある程度崩した形のまま次へと移行する。



 局面での早い判断、素早い寄せ。


 最初の3分が経過し、ボールがタッチラインを出たところでスタンドから拍手が起きる。


「これは凄いな。チャンピオンズリーグ上位の試合みたいに規律もインテンシティも高い」

「本当だよな。速さだけならJ1より上かもしれんぞ。どうなっているんだ?」



 前に向かう人数は高踏の方が多いので、ボールキープ自体は高踏の方が長い。


 ただし、これまでのように一方的に攻めているという様子ではない。前にある程度向かったところで跳ね返され、攻守が切り替わる。


 高踏の陣形がスライドしても、それで混乱している節はない。


 陸平や稲城の存在に攪乱されることはあるが、奪われてもすぐに対応できている。


 ある程度やられることを前提に、そのうえですぐに修正できる形として機能している。



 北日本は高踏ほどではないが、ラインをあげている。


 だからDFラインの裏もねらい目であり、鈴原が颯田を走らせようと裏を狙う。


 ただ、北日本は高踏ほどラインが高いわけではない。そこは新条が十分に間に合う距離である。



 ベンチで結菜が水田に話している。


「新条さんも去年はゴールラインに張り付いていたけれど、今年はああいう風に出ているのねぇ」

「……いや、僕、同じくらい出ていないですかね?」

「今の新条さんと同じくらいでは、話にならないでしょ!」


 結菜の言うように高踏のラインの高さは北日本の比ではない。比較対象が違うし、そのあたりのキーパーとしてのプレーとオープンプレーが連続している感覚が水田にはまだまだ足りない。


 また、鹿海が出ている試合と須貝や水田の時とでも1.5メートルほど変わる。それほど大きな距離ではないように見えるが、その1.5メートルで全く変わってくる。



 試合全体を見ると、高踏よりもむしろ北日本の方がコントロールしているように見える。


 攻め込まれているように見えるが、完全に崩されるシーンがないからだ。


「こういう展開になると、前のポジションで瑞江以外に単独で切り開けるのがいないのが厳しいな」


 そんな声も出て来る。



 ただし、チャンス自体の数はやはり高踏の方が多い。


 北日本は比重が後ろにかかっている。カウンターの際にサイド側のスペースがあるので、そちらに流して小気味よく上がれるのだが、高踏のボール回しで走り回らされているだけに一気に突破できるだけの体力がない。


 何本かパスを通すとなると、足の速い立神や神津が追いついてくることになる。


 失点の危険性が少ない代わりに、得点の可能性も少ない。



 前半の中盤くらいから、ここ一週間練習で行っていた形を稲城や颯田が模索する。


 北日本はクリスマスツリーの隊形のうえに中央付近に固まっている。深いところを除いて、サイドの守備には人数を割かない。


 よって、ペナルティエリアの角部分あたりではボールを受けられる。そこからダイレクトに狙うというものである。


 しかし、新条の反応はやはり早い。


 シュートを打つ側にもその存在がプレッシャーになるようで精度も乱れてくる。



「簡単には入らないな……」

「サイドを深く、深くっていうのも難しそうね」


 結菜の言葉に、陽人も頷かざるを得ない。


 北日本は角からのシュートは新条に任せているようで、最低限の寄せしかしない。


 一方で、サイド深くまで攻められて、そこから折り返されることは警戒していたようだ。ツリーを少し斜めに倒すような形でサイド側に人数を寄せる。そのため、サイドの深い場所まで行けても、オウンゴールを狙えるようなクロスボールを送るのは難しい。


(となると……)


 最初のパターンにひねりを利かせた形が思いつく。エリアの隅からシュートを打つと見せかけて、寄せてきた相手の裏にスルーパスを通し、そこに1人を走らせて、そこから中へ折り返す。


 そんな練習をしていた者がいたことを思い出す。


(後半、真治と戎は入れるけれども……)


 北日本は高踏のパス回しに対応できている。これを上回るスピードとポジショニングをもたらせるのは戸狩や戎ということになるだろう。


 そこにもう1人、入れるかどうか……。


(うーん……)


 ここまで、高踏高校では結果が出せているとは言えない背番号10を、この決勝の勝負をかける場面で起用すべきかどうか。


「雄大」


 結菜に聞いたら、「光琴? あれはダメよ。持ってないから」と容赦なくバッサリ切りそうに思えたので後田に聞いてみる。


「後半開始から隆義に替えて戎。15分に真人に替えて真治」

「あぁ、鉄板的な交代策だな」

「五樹に替えて浅川を入れることについてはどう思う? 戎とシュートと見せかけてスルーパスの練習をしていただろ?」

「……確かにそうだが、それはかなり思い切った策になるな。うーん」


 後田も考えだす。


 時計は前半30分を回った。


 前半終了までに後田の考えがまとまることを期待することにし、試合の局面を注視する。

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