1月12日 13:20 高踏高校グラウンド

 練習が始まった。


 ヘーゲルはもちろん、古賀と峰木もその様子を見ることになる。


 2人はあらかじめ、「明日は北日本に行く。もちろんここで見たものは秘密にするけれど、見せたくないものは見せなくてもいいよ」とコメントしているが、そこは関係なくそのまま練習をしている。


「サイドの深いところを意識しているようだね?」

「そうですね。北日本は非常に早く陣形を維持する形で戦ってくると思いますので、逆にそれを狙おうかなと思っています」



 準々決勝の試合を観る限り、北日本はクリスマスツリーのフォーメーションを維持しつづける形を機能的に行っている。


 ということは、サイドの深い位置にボールを出した場合に多くの人数が後ろ向きに戻ってくる。


 そのタイミングでマイナスのボールを折り返した場合、現状処理と陣形維持のどちらを優先するか。陣形維持を優先したのなら、オウンゴールを呼び込むようにする。そうした狙いだ。


「個人の能力と、戦術の維持、そのギャップに付け込むような形を見せていきたいです」

「なるほど」


 ヘーゲルも頷いている。


「日本のチームは傾向としては戦術への要望を高い意識でこなそうとする。とはいえ、ある状況下においては特定選手が戦術の枠より機能することも間違いない。戦術は日進月歩しており、幅広い状況に対応できるような練習を組むようになってきているが、それでも万全ではない。その弱みを突くことができれば相手に迷いを与えられるね」


 一試合の中では無数のシチュエーションがある。


 チームとして戦うより、個人として振る舞った方が良い結果になるシチュエーションも確実にある。それが何度も続くと選手個々人には大きなストレスになるし、戦術から解放されたところで動きたくなる。


 しかし、一つのことで個人が自己のプレーを優先するようになると、全体が乱れてくる。


 高度に組織されている北日本のその維持機能が、場合によっては弱みを露呈すると陽人は見ている。



「サッカーは無数のシチュエーションが連続するものであり、その中では必然のものもあれば偶然のものもある。キタニホンの戦い方はコウトウのフォーメーション変化の連続……つまり偶然の連続に対してなるべく必然的に対処しようとするものだが、必然を強めれば当然別の問題が出て来るはずだ」


 グラウンドの練習では中央に壁も設置されており、どうしてもサイドから狙いやすくなる。「サイドを狙おう」と意識させるより、自然とサイドに向かうよう仕向けていると言っていい。


「しかし、君はいつからこういうことを考えるようになったのかね?」

「いつから……?」

「私も短期間だが日本で指揮をとったし、友人が代表監督をしていたこともある。特に日本では戦術というものを固定観念的に捉える傾向が強いし、事実、固定観念を強調した彼はワールドカップで日本に初勝利をもたらした。まあ、それも君達が生まれる前か」


 ヘーゲルの言葉に、古賀が「そうなんだよなぁ。日韓どころかドイツの時ですら生まれていなかったんだよなぁ」と苦笑している。改めて世代の差を認識しているようだ。


「最近は日本の選手もどんどん海外に出るようになって、戦術をより柔軟にこなせるようになっているが、君はそうした人達を含めても尚、図抜けているように思うが」

「どうなんでしょう? 最近、チームの中ではサイコパスだとか散々に言われますけれど」

「それは監督をやる人間には誉め言葉だね。監督というのは通常とはかけ離れた者が多い。私の現役の頃には、何かあるとドライヤーのように叫びまくる者もいたし、目つぶしや肘打ちをしてくる者もいたよ。私はその中ではまともな部類とも言われていたけれど、あくまでそれらと比べて、だね」


 今の監督は大変だよ、と彼は続ける。


 監督は変人であるのが普通なのに、ロールモデルとならなければいけないのだから、と。



「でも、まあ、単純に『ここでこうやれば二つのことを一回でできるな』とかそういうことはありますからね。できれば簡単に済ませたくて、それをやるにはどうすればいいかとか適当に考えているうちにこうなったって感じでしょうか。戦術のためにこう、というよりこういう目的を持ったら動きがより単純化するんじゃないかとか」


 陽人は首を傾げる。


「高踏の戦い方は難しいと言われることもありますけれど、なるべく簡単にしようと思って作ったものなんですけどね」

「では、次の質問だ。君がこの戦い方で勝ち続けることができると考えているのか、それとも違う理念を有しているのか、どちらだろう? もちろん、勝ちたいと思っているはずだが、これが勝ちへのベストな選択と思っているのか?」

「あー、それは難しいですね。ワールドカップでは勝ちましたけど、高校ではまだ勝てていませんし。ただ、勝つことが最優先って感じではないですかね。元々、僕含めて誰も高踏高校が勝てるチームだと思っていませんでしたから」

「今は?」

「今も勝てればいいけれど、何が何でもとまではいかないかもしれませんね」


 ヘーゲルだけでなく、古賀も「ほう」という反応を示す。


「勝つことだけに価値があるなら、勝ったところしか価値がないわけで、勝つのは1チームだけなわけですからね。いつも勝てるわけでもないとなれば、良いものを目指した方がいいんじゃないかなと。高踏は進学校ですから、負けたとしてもそんなに文句を言われないのもありますし」

「ふむ、つまり、最強より最高を目指す方が良いというわけだね」

「ああ」


 陽人は頷いた。


「そんな感じかもしれませんね」

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