1月11日 17:30 高踏グラウンド

 その日の午後、陽人は授業が終わるといつものようにグラウンドへと向かった。


 コーンなどを用意して準備をしているところにそこに真田がクリップボードをもって現れた。


 真田は最近クリップボードがお気に入りのようである。ワールドカップ後は校長を通じて様々な報告事項があるため、メモした紙をクリップボードに固定し、それをもって移動していることが多い。


「さっき校長が言っていたけれど、明日、協会からの取材が来るんだってさ」

「協会から?」

「そう。協会会長の野田さんに」

「協会会長は古賀さんじゃなかったですか?」

「古賀だったかもしれない。あと、峰木さんに協会の補佐の人とカメラマンだって」


 陽人はカレンダーに視線を向ける。


「明日の午後は石綿さんと滝原さんも来るけれど、関係あるのかな?」

「決勝まで進むとサッカー以外のことでも忙しいねぇ。夏木君も取材ばかりで大変だって愚痴をこぼしていたよ」

「そうでしょうねぇ。向こうは連覇もかかっているでしょうし」

「あ、そうだな。夏木君が日本一の監督になったら先輩の俺は肩身が狭くなる。天宮、頑張ってくれよ」

「はぁ……」


 器が小さい……と思ったが、直接口にすることはない。陽人は生返事をして応じると引き続き練習の準備を行う。



 10分ほどでメンバー達も揃った。


「よし、今日は……」


 陽人が練習開始と言おうとしたところで、ゴホゴホと咳の声が聞こえた。


 陽人が誰か見定めるより先に園口が反応する。


「純、風邪か?」


 何人かが長身の篠倉の方を向いている。


「……ちょっと咳が出ていてな」

「……三日後が決勝だからなぁ。インフルエンザなんかが広がったらシャレにならないし、今日は帰って寝ていた方がいいんじゃないか?」


 穏やかだが有無を言わさぬような様子だ。


 陽人も頷いた。


「耀太の言う通りだと思う。軽いと思っているのかもしれないが、万一のことがあってもまずい」

「……分かった。すまんな、それじゃお先」


 篠倉も納得したようで、すぐに踵を返した。その途中も何回か咳をしている。


 長引かなければいいが、と思いながらもすぐに練習に移る。



 明日、土曜日に最終全体練習をすることを見据えて、今日はミニゲームを予定している。


 その前に個人のフリー練習があるが。


「……何をしているんだ?」


 浅川が中央からゴールエリアあたりに走り込む。そこにペナルティエリアの端近くにいる戎が短いパスを出す。それだけを見るとニアサイドのシュート練習のようだが、浅川はそこからゴールエリア沿いの反対側にクロスをあげる。


(あの位置まで入って、反対サイドに折り返す必要があるのか?)


 最初はそう思ったが。


(北日本のGKは新条さんだから、ニアサイドへのスルーパスには反応される。もう一つ必要だという考えなのだろうか?)



 北日本短大付属のクリスマスツリー陣形は、ペナルティエリアの両の隅付近にスペースがあるように見える。だから、昨日まではその位置にパスを出してすぐにシュートを出す練習を繰り返していた。


 ただ、エリアの両隅にチェックが来ないことを北日本側も把握している可能性は高い。決勝で対策がなされている可能性もあり、更に一つ踏み込むプレーを考えていた。


 どうやら戎と浅川もその可能性を見ているようだ。シュートではなく、スルーパスを内側に通す。ただ、北日本のGK新条はそこには反応するだろう。反応より早く、キーパーのいない側にパスをもう一つ通して誰かが決めようという算段のようだ。


(ゴール前でそこまで何本も正確にパスが繋がるかどうか……)


 とは思いつつも、狙いとしては筋が通っている。


(……明日の練習の形とは違うが……)


 本人達が考えてやっていることであるなら、わざわざ止めることもない。


 自分の想定が必ず合っているわけでもないのだから。



 隣のピッチに視線を向けると瑞江と立神、鈴原はフリーキック用の壁を立てて色々と話し合っている。セットプレーを取った時にどういう形にするか話をしているのだろう。


 近くで曽根本や神田も聞いている。出番があるかどうかは分からないが、状況によって2人がフリーキックを蹴る可能性もある。


 同じピッチの反対サイドでは司城と颯田、櫛木に稲城は想定されたポイントから簡単にシュートを打つと見せかけて、中に切れ込んでロングシュートを狙うような個人練習をしている。


 全員がそれぞれ、昨日までの狙いから少し枠を外れた場合を想定した練習をしているようだ。



「天宮さん、そろそろミニゲームの時間ですが」


 我妻が時計をもってやってきたが。


「うーん、いや、今日は個人練習をさせるよ」

「あれ、そうなんですか?」

「純が帰ったから、想定した人数に足りないし、全員、北日本対策を色々試しているから、このままでいいだろう」

「人数不足は天宮さんがプレーしたら足りるんじゃないですか?」


 我妻の言葉に、陽人は「うっ」と呻く。


「いや、俺は……もう半年以上、選手としてのきちんとした練習してないし」


 仮に紅白戦に入ったとしてもついていけないはずだ。「陽人、ダメすぎだろ」とあちこちから言われることが容易に想像できる。


 ダメなだけならまだ良いが決勝が終わった後、「陽人と練習した感覚でいたせいで北日本相手に対応できなかった」などと言われては溜まらない。


 このまま選手個人個人が色々と考える方が、おそらく為になるだろう。

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