1月11日 10:09 成田空港
早朝の成田空港。
国際線ターミナルの待合室に2人の男が座っていた。
目立たない所作をしているため、2人に関心を向ける者はいない。
しかし、仮にサッカーに詳しい者がいればその2人が日本サッカー協会会長の古賀正人と昨年U17ワールドカップで優勝を果たして峰木敏雄であることにはすぐに気づくだろう。
「そろそろですかね」
到着予定表を眺めながら、峰木が問いかけ、古賀も「そうですね」と応じる。
そのやりとりが合図となったのか、ターミナルにアナウンスが流れた。
『パリ発・エールフランス246便がただいま、到着いたしました』
古賀が立ち上がり、先輩の峰木に促す。
「行きましょう」
「そうですな」
2人は到着ロビーへと向かった。
そのまま、フランスからやってくる人物を待つことになる。
待つこと30分。
「来ました」
奥から目深に帽子をかぶった長身の男性が、秘書らしい女性とともにやってきた。
古賀に気が付くと、柔和に笑って近づいてくる。
「コガさん、久しぶり」
たどたどしい日本語で握手を求めた。古賀も笑顔で応じる。
「お久しぶりです。ミスター・ヘーゲル」
モーリス・ヘーゲル。
かつてプレミアリーグで長期政権を取り、世界的な名将と呼ばれた人物である。そのキャリアの代表とも言えるネイビーズで指揮をとる直前には、日本の名古屋で指揮をとったこともあるため、日本との馴染みも深い。
仮に10年前であれば彼が来日しただけで「すわ、日本代表監督に就任か」と大騒ぎになっただろうが、現在は監督業からも引退しておりFIFAのアンバサダーとして活動している。
今回の来日は、先のワールドカップ優勝にちなんで、日本の育成プログラムについて紹介するというFIFAの構成番組の一環である。
「フランスからここに来るまでの間、高校サッカーの試合を観ていましたよ」
ヘーゲルがメモ帳を開くと、高踏や北日本についてのメモがびっしりと書かれてある。70を過ぎ、現場を退いていてもまだまだ試合を観ると気になることはチェックしてしまうものらしい。
「いつの間にこんなに戦術レベルが上がったのかと感心しました。今回、もちろんFIFAの仕事で来ていますが、決勝のコウトウ対キタニホンの試合は非常に楽しみです」
「どちらが勝つと思いますか?」
古賀の問いにヘーゲルは、「オー」とお手上げという素振りを見せる。
「難しいですね。コウトウの戦い方は大好きですが、キタニホンのクォーターファイナルも素晴らしかった。個々人のレベルも素晴らしいし、本当に僅かなディテールが勝敗を分けるでしょう」
「そこを何とか予想してくださいよ。何が勝敗を分けると思います?」
古賀が食い下がると、ヘーゲルはメモを開いてしばらく考えている。余程機内できちんと見ていたらしい。
「……コウトウもキタニホンもレギュラーの選手は有名ですし、両チームともその対策は練っているはずです。予想を覆すスーパープレーが飛び出るか、あるいは信じられないようなミスが出るか。それがないならば、試合に出ていないサブの選手達が勝敗を分けそうな予感がありますね」
「サブの選手というと、高踏は戸狩が決勝は出られるという話ですね」
古賀の話に峰木も相槌を打つ。
高踏のスーパーサブ・戸狩真治はワールドカップ準決勝で亀裂骨折してしまい、選手権は一試合も出ていない。しかし、高踏の地元紙・三尾日報に、決勝戦は出場できる見込みという記事が出ていた。
「彼は確かにサブですが、非常に有名です。もっと研究の少ない選手が鍵を握るのではないでしょうか」
「なるほど……、確かに高踏はどうしてこれだけレベルの高い選手がこの学校に行ったのか、というような選手が大勢いますし、北日本も今大会はレギュラー以外のメンバーも使い分けていますからね」
FIFAの今回の計画ではまずU17で優勝した日本代表チームのその後の取材だ。
当然、監督である峰木との話も予定されているが。
「やはりハルト・アマミヤと話をしてみたいですね。ナゴヤと近いらしいので、久しぶりにナゴヤも歩いてみたいですし」
陽人との会談も希望している。
もちろん、古賀としても望むところであり、明日土曜日の昼に峰木が行く旨は伝えてある。ヘーゲルが一緒にいるというのは現時点ではシークレットだ。
土曜日の午後早い時間に陽人と対面をした後、夕方までに福島に向かう。
日曜日は午前中に福島のJヴィレッジを訪問し、近年継続的に結果を出している女子世代の若手育成の様子を見てもらい、午後は仙台に向かって北日本短大付属を訪問する予定である。
翌日、高校サッカーの決勝直前にサプライズで登場してもらって観客や視聴者を驚かせた後、水曜日までに関係者訪問や挨拶などをするという予定となっている。
「しかし、今日はゆっくりとしたいですね。私ももう70をとうに超えています。長旅は疲れますよ」
ヘーゲルはそう言って苦笑した。
「リムジンを呼んでありますので、どうぞくつろいでください」
空港の入り口に待たせてあるリムジンにヘーゲルを乗り込ませ、古賀が助手席に座った。
峰木は秘書や他の職員とともに別の車に乗り、リムジンを追う形で都心へと向かっていった。
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