1月7日 11:12 高踏高校クラブハウス

 準決勝の翌日。


 カレンダーでは月曜日だが、この日まで冬期休暇である。


 朝から、陽人と結菜は後田とともに準決勝のもう一試合、北日本短大付属と高良学園の試合を確認していたが。


「この試合ではやっていないなぁ」


 後田が首を傾げる。


「何を?」

「いや、準々決勝を見たら分かる」


 後田の言葉の間に、結菜がサッカーサイト関係を眺めている。


 陽人もそれを横目に眺めるが、特に北日本短大付属の戦い方について書いているものはない。展望などでは昨年の構図……攻める高踏に専守の北日本ではないか、という風に書かれているだけだ。



 そうこうしているうちに準決勝の試合映像が目新しいものがないまま終わった。


 続いて、後田が一度見たという、準々決勝の薩摩学園戦との試合を確認する。


「うん?」


 こちらは確かに異なる。


 準決勝の試合と異なり、北日本の陣形が全く崩れない。


「この試合の北日本の隊形は4-3-2-1のクリスマスツリー隊形で後ろに行くほど人が多い分かりやすい布陣だ。だから、プレスをかけて動いた場合に、元のポジションではなくクリスマスツリー隊形維持に近い場所に戻る」


 選手個人のポジションではなく、陣形に沿った形でポジションをとる。そうすれば同じ陣形からのプレッシングが維持され続けることになり守備強度が落ちない。


 ボール保持率が高いだろう高踏を相手にすると、下がりながら陣形を維持することになるが、後方に人数の多いクリスマスツリー隊形はそれがやりやすい。


「で、ボールを奪った場合には前に預けるのではなく、スペースに出して一気に抜けることを目指す」


 これもまた、1トップで前側にはスペースが多いので分かりやすい。


「体力的にはきついかもしれないが、精神的にはやりやすい」



 ニンジャシステムは目の前の相手が目まぐるしく変わるので、そこに混乱が生じる。


 どこに誰がいるのか見極めようとして、余分なストレスがかかり、それが疲労となっていく。


 解決策は、誰がいるかを強く意識しないことである。しかし、想定外のことが次々と起きていく状況にどうしても囚われてしまう。


 誰がいるか意識しないために主体的にやるにはどうすれば良いか。


 武州総合は高踏と同じくニンジャシステムを試みた。ある程度はできていたが、やはり限界があった。そもそも高踏が先達である以上、後発して追い抜くということは難しい。



 そこで北日本は全く異なる形に至ったようだ。


 クリスマスツリー隊形を維持する、という形で目の前の状況を無視してチームとしての戦い方を維持するというやりかたに。


「ポジションが目まぐるしく動くと言っても、元のポジションから大きく動くことはない。大体隣り合った形で移動していくだけだ。だから、ピッチ上にいる選手にそれほどの混乱は生じないと思う」

「それでプレーが切れると、スタート地点に戻る、というわけだな」

「そういうことになる」

「うーん、これは堅そうねぇ。どうしてどこも気づいていないんだろう?」


 結菜が更に色々な記事を見て回るが、準々決勝の北日本について触れているところはほとんどない。システムが4-3-2-1であることに触れているところはあっても、そこから先は堅い守備だったと書かれているだけだ。


「元々北日本は堅守のイメージが強いから、しっかり守っているという認識になったのかもしれない。俺も佳彰が見てくれと言って意識していたから気づいたわけだし」

「佳彰は300試合くらい現地で見ているからねぇ。戦術や作戦のことには一番気づくのかも」



 他者の評価は別として、この布陣に対してどう対処するか。


「陣形的にオールコートでのプレスはありえない。基本的には中央で激しく取りに来る」

「そうね。サイドバックが持つ分には自由だろうし、ファイナルサードに攻めた時もエリアの隅あたりは自由そう。準々決勝で神田君が決めたヘディングのような形ならシュートは打てそうだけど」

「あれをもう一回やれと言って、できるとは思えないからなぁ」


 立神の弾丸クロスをエリアの左隅付近からキーパーの頭越しにヘディングで決める。本人は試合後に「自分の石頭を舐めてもらったら困りますね。もちろん狙っていましたよ」とドヤ顔で言っていたが、まず間違いなく偶然の産物だろう。


「この付近なら五樹がよくシュートを打っているが」


 颯田のシュートは正確性という点ではそれほど期待できないし、北日本のゴールキーパーはセービング技術の高い新条である。簡単には決まらないだろう。


「ただ、ここでシュートを打つ形に馴らしておいた方が良いだろうな」

「シュートを意識させれば、そこからスルーパスっていう手もあるしね」


 エリアの一角をどう利用できるか。


 この映像を見た限りだと、そうなりそうであるが。



 そこで陽人には別の疑問も過ぎる。


(ただ、夏木さんも準々決勝でやれば、こちらが気づくことは分かっていると思うけれど、それでも尚実戦で試してみたかったのか、あるいは……)


 準々決勝でやった以外に、エリアの隅を対策しているバージョンもあるのかもしれない。


(ひとまず最初の三日は、この映像を基にした練習を組んでみるか。直前には四隅が対策されている場合に備えたものも一応やっておいた方が良さそうだ)



 まだ早いわけですが決勝の布陣図。北日本の配置参考に:

 https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093087764838294

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