1月5日 14:30 和光市内・高踏宿舎
準々決勝の翌日は、すなわち準決勝の前日でもある。
この日も午前中は荒川の河川敷で軽く体を動かすだけにとどめ、午後は明日の相手・洛東平安の試合を観ながら研究をすることになる。
後田も当然、そこに参加するつもりでいたが。
「後田さん」
辻佳彰に声をかけられた。
「何だ?」
「洛東平安は天宮さんと結菜達に任せて、ちょっと北日本の試合の方を見てもらえませんか?」
「……北日本を?」
後田は一瞬戸惑った。
準決勝で高踏は洛東平安と対戦する。もう一方は高良学園と北日本短大付属だ。
高踏が洛東平安に勝ち、決勝まで進んだ場合、対戦相手は北日本短大付属になるだろう、という予想は立つ。ただ、確定していることではないし、何より先の試合を見越してしまうことは良くないという思いがある。
「……分かった。陽人に言っておく」
とはいえ、それは辻も承知しているはずである。
それでも尚、後田に見ておいてほしいと言うからには、何かしら気になることがあるのだろう。
メンバーはホテルの2階にある会議室で見ることになるが、そこには末松が帯同している。
辻と後田は、食堂の一角を貸してもらい、そこに端末を置いて映像を見る。
鹿児島代表の薩摩学園との試合だ。結果は2-0で北日本が勝利したと分かっている。
「北日本も2回戦と3回戦は色々なメンバーを混ぜた感じで、この試合からベストメンバーという感じです……」
辻の撮影した映像には当然、布陣などのテロップはないので高校サッカーのサイトで確認する。
GKの新条以下、斎藤、平、李、三戸田、筑下、吉田、石代、小切間、佃、七瀬。
確かに見覚えのあるメンバーが揃っている。
試合直前の最初のフォーメーションも映し出される。
「相変わらず守備的な布陣だな」
システムは4-3-2-1のようだ。俗にクリスマスツリーと呼ばれる陣形である。
中央近くに中盤が5人いるし、後ろにDFが4人いるため、ニンジャシステムにも対応しやすそうな形には見える。後田はまずそう思った。
試合が始まり、薩摩学園がボールをキープしながら攻め手を探る。
1点も取れなかったのだから、おそらくその攻め手を探る努力が報われなかったのだろうとは理解しているが。
「結構中盤から行くな」
北日本の陣形は後ろに比重を置いている。だから、低い位置に構えるのではないかと思ったが、ハーフウェー付近からプレスをかけている。
中央の人数が多いのでその奪い合いでは優勢に立てている。
(とはいえ、これなら武州総合の時と同じく、サイドの人数を増やせば対応できるのではないか)
後田は当初そう思ったが、しばらくすると妙なことに気付く。
「……これか」
恐らくこれが、辻が後田に「見てほしい」と言った理由なのだろう。
「……これは、偶々こうなっているという感じではないな」
「間違いなく意図してこうなっています。試合中、若干戸惑いが出るシーンもありましたが、北日本は終始この形を維持していました」
確かに時々薩摩学園がギャップを突いてパスを通して良い形に持っていくときもあるし、シュートも打っている。
しかし、北日本短大付属の最後尾にいるのはゴールを守る能力にかけてはナンバーワンと言って良い新条だ。決めることができない。
「だからクリスマスツリー隊形なわけか」
「そうですね。他のシステムではこのやり方は難しいと思います」
そうこう話しているうちに17分に北日本短大付属が先制する。
佃、小切間と繋いだパスを左サイドバックの斎藤が受け、折り返したボールを七瀬が決めた。
「サイドの前のスペースが空いているから、思い切って上がる時はこうなるのか……」
「ただ、これは参考程度にとどめた方が良いと思います。薩摩学園は高踏ほど前に出ないからですね。恐らく、僕達とやる時は中央付近の一、二本のパスで狙ってくると思います」
試合は1-0のまま進む。
30分を過ぎると北日本のペースになってきた。辻の言う通り、パスの本数が少なくなり二本程度のパスで佃や七瀬の前のスペースを活かそうとしてくる。
「ちなみに2点目が入るのは70分で、途中交代の下橋さんが決めています」
「このやり方なら、交代選手が入っても大きく乱れることはないな」
「はい。その通りです」
前半が終わり、後半に入るとまた薩摩学園のペースに戻る。リードされていることもあり、攻撃的な選手を投入して攻めに勢いをつけようとするが。
「北日本はある程度前から出ているから、後ろにスペースはある。しかし、人数も揃っているから中々崩せないな。強いて言うなら、遠目から狙うくらいだが、反応の早い新条さん相手に遠めから決めるのは難しい」
「劣勢時や、疲れてきた場合にはこのままの布陣でゴール前にべったり張り付けることで専守モードにも移行しやすいメリットもあります」
「確かにそうだ。考えてきたな……」
後半の北日本は敢えて攻めない風にも見える。キープされた時の距離感、ポジショニングを確認しているようだ。
先程辻が話していた通り、交代選手を入れてもベースは変わらない。
攻め焦った薩摩学園が陣形を崩した結果、70分に追加点が入った。
そのまま試合が終わる。
後田が大きく息を吐いた。
「……これはまずいな。これを見てしまった今、どうやったら、これを崩せるかということしか考えられない。洛東平安のことが全く考えられなくなる」
「はい。全員に見せるとまずいですが、少しでも早く対策を考える人は欲しいので」
辻の言葉、全くその通りだと後田は頷いた。
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