1月4日 14:20 さいたまスタジアム

布陣図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093087299329162


 試合開始前、両チームの布陣を見て佐藤が素早くメモをとる。


「両チームとも、何人かの選手が本来のポジションとは違うところにいるようだな」

「そうですね」


 最初のポジションが試合中のポジションであるとは限らない。


 プレーが切れる度に布陣をスライドさせるシステムを採用しているなら尚更そうだ。


 布陣についてはスターティングメンバーで発表した通り、武州総合は4-4-2、高踏は4-3-3のようだ。もちろん、これは配置以上に試合中の展開で変わるものであるだろうが。



 14時5分、武州総合のキックオフで試合が始まった。


「おぉ!」


 開始と同時に両チームとも中央に一気に人数が集まる。


 密集した中央で激しいボールの奪い合いが始まった。武州総合はスピードのある古郡を狙おうとしているが、高踏の前からのプレスが早いし、陸平が主要なパスコースを塞いでいる。


 最初の2分が猛烈な勢いのまま過ぎていく。


 お互いが縦を狙うパスを一本ずつ狙ったが、武州の石倉が狙ったものは距離が長く鹿海に拾われ、高踏サイドで園口が狙ったものは珍しく瑞江がトラップを流して敢無く機を逸した。


 そのボールがラインを割ったところで、またどよめきが起こる。


「どちらもメンバーが動いているぞ!」


 高踏は3-3、武州総合は4-2となっている前の2列の配置が変わった。


 スローインで試合が再開されると再びボールの奪い合いが始まるものの、高踏が全く迷いなく動いているのに対して、武州サイドは何人か状況確認に注意を払っている者がいる。


 その若干の遅れで高踏が優位に見えた。


「武州は無理に打ち合わない方がいいんじゃないのか」

「いや、そうともばかり言えないかもしれません」


 佐藤の言葉に藤沖が応じる。


 武州は確かに若干スペースが空くときがある。しかし、高踏が目ざとくそこに流そうとした時には必ずCBの紺谷が前に出て来てそのスペースをカバーしている。


「そうなると、裏が空かないか?」


 守備の中心である紺谷が前に出るなら、後ろが危うくなるはずだ。高踏としては、空いたスペースにキープ力のある瑞江を入れて紺谷が出たスペースにスルーパスを通す方策がありそうだ。


「いや、4バックの残りが中央に絞っています。紺谷が上がった後のスペースは塞いでいますね。その分サイドの裏が空くことになりますが、そこは諦めているのでしょう」



 高踏を相手にサイドの深い位置を諦めるというのは過去に深戸学院も、北日本短大付属もやっているパターンだ。過去のケースは下がった状態でやっていたが、今の武州総合は中盤で打ち合いながらもサイドへのスルーパスは戻るつもりでいるらしい。


「武州には古郡という快足FWがいますから、戻った後に古郡を走らせるロングカウンターという手もありますからね」


 ポジショニングなどの不利で空いたスペースは紺谷を上げることで応じて、サイドの深いところを使われることは諦める。ただし、そこから古郡のロングカウンターを狙うということらしい。



「しかし、高踏はきちんと対応できているね」


 すぐに相手のやり方を把握したようで、5分を過ぎると右サイドの深い位置にボールを通す。ここには立神が上がり、更にその大外を神津が回っていく。


「センターバックがサイドの大外に出ているぞ!?」

「曽根本と神田がFWを見ている形になっていますね」

「……ということは、左サイドを攻める時は神田が上がって、大外に曽根本が出て来るということか?」

「現代サッカーでは2人のサイドバックを共に上げるケースもよくありますが……」


 それは通常は右サイド、左サイドという片側に1人ずつである。


 しかし、今、高踏は片方のサイドに2人のサイドバックを上げている。


 ただし、2人目の上がりまで待つとどうしても遅攻になる。そこからの崩しにはここまでのところ武州総合は対処できているし。



『左に回って颯田のシュート! 枠の外に外れました。ワールドカップ得点王の颯田五樹ですが、ここまで二本のシュートは枠を捉えていません』


 颯田のシュートが枠に行かず、チャンスに繋がらない。


「高踏はもう少し瑞江に撃たせる形を作っても良いんじゃないですかね?」


 潮見の意見に、佐藤が「それは難しいだろう」とコメントする。


「チャンスになりそうなスペースをまず優先するのは当然だろう。瑞江が起点になって颯田が空いているスペースに入れるのなら、そこに入れるのが第一で、わざわざ余分にパスを回して瑞江にフィニッシュというのは難しい」

「確かにスピーディーな中で瑞江が崩しに関与している以上、フィニッシャーにはなりづらいですね。戸狩や司城のようなもう1人崩せる存在が必要かもしれません」


 佐藤が時計を見た。


「15分か。武州総合としては、颯田が決める前にうまくカウンターを入れたいところだな」


 古郡を狙うという意図は分かるものの、そこまでのパスはまだ出ていない。


 高踏の主力が疲れて、スペースができるまでは待つしかない。



 18分、武州総合が初めて古郡を狙うが大きくゴールラインを超えてしまった。


 ゴールキックから中盤でボールを回しているが、ここは一気に押し進むことはできない。


 右サイド側に戻っていた颯田にボールが入り、中に入ると見せかけてサイドを走る立神を出した。立神が頭の高さほどの強烈なクロスを送る。


 矢のような弾道のそれは、しかしゴールには近づかない。


『これは! 右サイド深くから、左サイドを上がってきた神田まで繋がりそうだ! 神田がヘッドで折り返す! 中央に稲城と鈴原が……あ、いや、清井の頭上を越えたボールが……入った!』


 ペナルティエリアの左端あたりから神田が中にヘディングでクロス気味にボールを送った。


 ゴール方向を狙うそれは立神のクロスの強烈さもあって放物線を描きながらも速い軌道で進み、中で競ろうとした面々はおろかキーパーの清井まで超えてしまう。


 そのまま、ゴールを超えるのかと思いきや、直前で少し垂れてクロスバーの下を通過、そのまま枠の内側を通過してネットにおさまった。


『先制点は高踏高校! 前半19分、1年生サイドバックの神田響太! この大一番で芸術的なヘディングシュートを決めました!』

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