1月3日 15︰51 世田谷区内・北日本短大付属練習グラウンド

 準々決勝に残った8チーム。


 このうち、練習から翌日のメンバーがもっとも読めないのが高踏高校であるが、そもそも練習が全く見せてもらえていないのが前年の優勝高校・北日本短大付属である。


「申し訳ないですね〜」


 東京・世田谷区のグラウンド内。


 監督の夏木が取材陣やら大会マネージャーの菱山佑里香に頭を下げている。


 グラウンドで練習をしているというが、目に見えるところには選手がいない。初戦の前日から北日本は屋内練習場でのみ練習をしており、その中には取材陣を一切入れていない。


 1回や2回ならともかく、ずっとであるから取材陣から苦情に近い声も出ている。


 夏木はそれに対して平身低頭頭を下げているし、練習の中身以外は何を聞かれても丁寧な姿勢で答えている。ならば、と具体的に何の練習をしているのかと聞かれると。


「まあ、何とか勝つために必要なことをやっています」


 と、しか答えない。



『高踏高校を意識してのことでしょうか?』


 菱山の雑な姿勢はどこに行っても変わらない。


 明日は準々決勝なのに、決勝でしか当たらない高踏のことを聞いても「そうですね」と答えるはずがない。仮に実際には高踏を意識していたとしても。


「次の試合を意識してのことです」


 案の定、夏木は穏やかな笑みを浮かべてそう答えるだけであった。



 ただし、この人物が来たとなると断りきれない。


「ずっと非公開にしているらしいね」


 この日、練習を視察しに来た前監督・峰木である。


「はい。決勝まで封印しておきたいので」

「ほう……」


 峰木が目を丸くした。


 決勝まで、という言葉が何を意味するか、当然峰木にも分かる。


「ニンジャシステム相手に、何とかなりそうかな?」

「何とかなる、とまでは言えませんが、何も対策せずに臨むよりはマシではないかという方法は見つけました」

「それは素晴らしい。私には何も思い浮かばないよ」


 峰木が苦笑し、それに対して夏木も笑う。


「私が思いついたというよりは、メンバーが色々考えたんですけれどね」

「武州総合は武州流のニンジャシステムをやるという話だけど、似たようなことをするのかな?」

「いえ。武州のことは私も聞いていますが、それとはちょっと違いますね。ただハード極まりないのは間違いないです。主にこちらの方に」


 夏木は自分の頭を指さした。



 一通り、話をすると峰木は踵を返そうとする。


「邪魔になると悪いから、このまま帰るよ」


 これに夏木が慌てた。


「いえいえ、さすがに先生相手に非公開というわけにはいきませんので」


 夏木はそう言うと、峰木を伴い練習場の中へ入って行く。



 グラウンドでは紅白戦が行われていた。人数は15対11。


 11の方は初戦となる2回戦でプレーしていた主力組。これに対して、15人の方は登録メンバーのうち出番のない者と、登録外メンバーの混成だ。


「8、8!」

「4空いてるぞ、4!」


 主力組から激しい声が飛んでいる。


「ふむ……」


 峰木は20分ほど練習を眺めていた後、満足そうに頷いた。


「これはいつからやっているんだね?」

「12月に入ってからですね」

「ほぼ仕上がっているように見えたが?」

「はい。95%の自信はあります。ただ、100%と言われると」


 まだ届かない。夏木はそこに不安があるようだ。


 峰木は気持ちは分かると頷きつつも。


「天宮君も100%の自信でやっていたことはないよ。ニンジャシステムにしても使ってみるまでうまく行くかどうか分からなかったし、楠原のように高踏ではないメンバーもいたのだしね」


 100%の自信があること自体珍しい。


 しかし、そこまで行かないと動けないとなれば、誰も動くことができない。


「完全ではなくても、今までやってきたことと選手たちを信じて踏み出すかどうか。そこで天宮君は踏み込むことができる」

「そうですね」

「決勝でうまく行くかどうかは分からない。しかし、君が一歩を踏み出すことで日本のサッカーが変わるだろう」



 踏み込め、という峰木の言葉に夏木も力強く頷く。


「もちろん、ここまで来て逃げるという選択はありませんし、私も彼らを信じています。ただ、その場合は一週間ずっと非公開ですから、苦情はどんどん大きくなるでしょうけれど……」


 準決勝から決勝までは一週間だ。


 残り2校まで来て、完全非公開だと苦情は更に大きくなるだろう。


「まあ、それを引き受けるのも監督だから……」


 峰木が苦笑する。そして、この人物が言うと説得力がある。


 ワールドカップという舞台で、一介の高校生にチーム運営を任せて責任だけ負うことを覚悟したのだから。


「はい。もちろん、やります」


 夏木も力強く答える。



 その後30分ほど、選手たちとも話をして峰木はグラウンドを後にした。


 駅へ向かいつつ、ふとグラウンドを振り返った。


「一人、大きく踏み出す者がいると、次も大きく踏み出してくる。このままどんどん続いてくれば、まだまだ高校サッカーは発展しそうだ。楽しみだな」


 そう呟いて、再び駅へと向かい出した。

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