1月2日 16:00 湯河原温泉・旅館

 正月二日、峰木敏雄は久しぶりに湯河原の旅館でのんびりとしていた。


 年末年始は大忙しであった。世代別とはいえワールドカップ優勝監督であり、しかもフリーということで想像を超えるスケジュールとなった。


 もっとも驚いたのが年始に向けてサッカー界を代表して挨拶する立場になったことだ。渋谷にあるJHKに呼ばれて3時間ほどインタビューを受け、「今年の日本サッカーに期待してください」というフレーズも言わされることになった。


 そうした仕事も一段落し、この日は湯河原温泉でのんびりとしていた。


 旅館の人からは「箱根まで行って駅伝選手を見ればどうか」という話もあったが、宿舎でのんびりと見ることを選択した。


「今年の央天堂はどうだろうねぇ」


 自分の母校の状況は若干に気にかかる。



 箱根駅伝の往路を見終えた後、そのまま高校サッカーの試合がやっている。


 地元であれば、当然まだ勝ち進んでいる北日本短大付属であろうが、全国放送ということもあり高踏と唐津中央の試合がやっている。


 初戦となる二回戦で神戸海洋に8-1で圧勝し、順当に三回戦に進んできている。


「……ふむ?」


 若干の違和感を覚えて、ノートパソコンでトーナメント表を眺める。


「……このトーナメントだから、12時開始予定のはずだが、人気チームだからというわけか」


 ブロックのどこに入ったかによって、試合時刻は決まっている。


 高踏の場合、シードされているから一番上。この場合、試合時刻は準々決勝を除いて12時のはずであるが、この日の高踏は14時スタートだ。


 恐らくは全国放送に合わせて、試合開始時刻を入れ替えたのだろう。


 通例とは異なるので違和感があるが、試合時刻を入れ替えただけなので特別不公平ということでもない。あらかじめ分かっていたことでもあるようなので仕方ないことだろう。



 テレビ編成は高踏の人気に期待しているようである。


 それはもちろん、峰木自身がそうであったように「ワールドカップ優勝」の立役者であるからだ。


 ただし、高踏高校の指揮官たる天宮陽人はそうした期待を汲むことはない。


 高踏のスターティングラインナップを見た瞬間、峰木は思わず吹き出しそうになった。



 GK:⑫須貝康太

 DF:②曽根本英司、⑱道明寺尚、㉑南羽聡太、㉕神津洋典

 MF:⑰芦ケ原隆義、⑳鈴原真人、㉖弦本龍一

 FW:⑧稲城希仁、⑩浅川光琴、㉗加藤賢也



 初戦の園口に続いて、代表は稲城のみ。


 もちろん陽人にはそういうつもりはないのだろうが、「仕方なく1人は出している」という雰囲気すらうかがえる布陣である。


 高踏は須貝に鈴原、曽根本を除くと初戦はプレーしていないメンバーだ。


 一方の唐津中央は初戦、二回戦と全く同じメンバー。


 体調面の差は歴然としているし、今やチーム力も相当な差があるだろう。



『ワールドカップ優勝の立役者となった高踏高校ですが、この試合に出ている代表メンバーは稲城希仁1人。解説の門さん、まだまだ補講の影響はあるということでしょうか?』

『はい。まだコンディションが万全ではないということでしょうね。それに去年も休養を多く挟んでいましたからね。これが高踏高校の、天宮君の戦い方ということです』


 解説の言う通り、高踏の戦い方は今に始まったものではない。


 そもそも、こういう戦い方……過密日程にしっかり休憩を与えるため選手が多様な役割を担わなければならない先にあったものがニンジャシステムではないかと見ることもできる。


 ニンジャシステムをもてはやすのなら、高踏の選手起用に文句を言う筋合いはないはずだ。



 試合が始まると、その期待は裏切られることはない。


 唐津中央の戦いを見るのは初めてだが、なかなか良いチームではあるようだ。仮に初戦であれば善戦できたかもしれない。しかし、初戦、二回戦とこなして中一日で三回戦である。キレの差は一目瞭然の上に高踏は稲城と弦本を中心にめまぐるしくポジションを入れ替えてくる。


 芦ケ原が先制点をあげ、すぐに追加点も芦ケ原が入れる。


 日本代表では颯田の飛び出しが効果的だったが、この布陣の芦ケ原もあらゆる位置からゴール前に顔を出してきて、フリーで決めていく。


 何とか中盤で苦し紛れではあるがボールを回し、もう一ついけばと期待させる唐津中央であるが、その一つが遠い。20分以降は決壊してしまい、守勢一方となる。


 前半終了間際に芦ケ原がもう一点追加して3-0。


 浅川や加藤が決めるべきところを決めていれば前半だけで6点7点入っていても不思議はなかった。



 後半に入ると、相手は完全に心が折れたようで後ろに下がるだけとなってしまった。


 高踏も無理に攻めることはなく、後半は淡々としだ時間が流れる。


 結局、終盤に疲れた相手のミスから加藤と途中交代の聖恵が追加点をあげて5-0で終了した。



 メンバーの中に代表はほとんどおらず、試合も前半はともかく後半は流しているだけであった。


 果たしてテレビ局の期待にどこまで応えたのか疑問に思うが、陽人に応じる義務はないし、峰木に何かができるわけでもない。


「まあ、次の試合は武州総合だから、さすがにここまで楽な展開ではないと思うが……」


 できることといえば、先の試合に期待をもつことくらいだ。



 この日の試合でベスト8が決まった。


 北日本短大付属-薩摩学園

 浜松学園-高良学院

 高踏-武州総合

 洛東平安-弘陽学館


 概ね予想通りであり、準々決勝で高踏と武州総合が対戦する。総体王者である武州総合との試合は事実上の決勝戦と言っても良いかもしれない。


 もし、この試合で武州総合が相手にならないようでは、高踏がそのまま悠々と優勝する可能性も出て来るだろう。

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