12月31日 12:57 さいたまスタジアム

 大晦日の高校サッカー・第一試合はハーフタイムに入った。


 高踏と神戸海洋は5-0。


 司城は前半だけでハットトリックを達成し、篠倉と櫛木が1点ずつを取った。


 組合せ抽選の際、神戸海洋は「県代表として10失点は回避したい」と言っていたが、ちょうど10失点のペースで点を取られている。


 しかも、彼らが想定していた代表バリバリの選手が出ているのではなく、やや落ちると思われたメンバー相手である。



「強いな……」


 スタンドにいるのは観客だけではない。


 この夏、高踏のメンバーとユースを対戦させた上総ユースの鈴木博太の姿もある。鈴木だけではない。上総の強化関係者もこぞってこの試合を観に来ていた。


 夏の頃、彼らが注目していたのは篠倉とFWとしての鹿海であった。


 ただ、鹿海はワールドカップで活躍したため、FWとして獲得することは難しいだろう。そのため事実上篠倉に焦点をあてているが、ここに来て彼らの中には別の思惑も浮かんできている。


「主力以外を取れるだけ取ってしまった方が良いのではないか」


 というものである。



「プロとしては夢のない話でありますが、Jリーグで長らくチーム力を維持するためには『代表や海外とは無縁な選手をどれだけ抱えるか』という要素は決して無視できません」


 素晴らしい選手が出て来ると一時的には結果を残せるが、現代サッカーではすぐにヨーロッパをはじめとする海外から声がかかる。海外との勝負になると、日本のチームは契約条件で太刀打ちできずに簡単に引き抜かれる。


 また、代表選手となるのは本人にとってはもちろん名誉ではあるが、海外との行き来も大きいし日程的な負担も大きい。


 こうした選手にチーム状況を任せると、その選手次第で浮き沈みすることになる。


 理想は、リーグやチームが魅力的で所属選手が「海外よりも日本でプレーしたい」となることであり、次善的には抜けた選手の穴をすぐに埋められる若い選手が出て来ることである。しかし、それは中々難しい。となれば、意図的に「代表や海外に取られるほどではないが、チームにとっては有用である」選手を集めることも必要となってくる。


「篠倉、鈴原、芦ケ原、久村、武根、須貝といったあたりは単独で試合を決める存在ではありませんが、チーム戦術を100点以上にこなせるという点で、代表や海外と無縁でありつつもチームに有用な選手になれると考えています」

「彼らを土台にして、そこにユースから凄い個性を育ててミックスさせる、というわけか」

「はい。彼らのようなタイプはセカンドキャリアへの心配も大きくないでしょう。本当なら逆であるべきなのでしょうが……」


 鈴木の進言通りに組織改革をする場合、ユースは一か八かの天才を育成する形となり、高校から継続的に人材供給を受けることになる。


 本来は逆であるはずだ。プロの下部組織であるユースから安定継続した選手供給をし、足りない特別な才能を高校・大学から獲得すべきである。



 ただ、日本だけではないが、現代のユース組織はその育成方法が横並びになってしまっている。


 かつてはFCアムステルダム、FCカタルーニャの下部組織に代表されるように、そのチームの方法論に即した選手を育成するのが当たり前だった。こうしたチームのユースで育った選手は世界的ではなくても、そのチーム内では十分に活躍できる選手達であった。


 しかし、移籍の自由が活発化されるにつれて、移籍を繰り返すほど大金を得やすい世界となってきたことで、特定チームでしか戦えない選手を育てる下部組織は敬遠されるようになった。そのため、これらのチームも近年はその独自色を薄めており、優秀な個人を更に個人として鍛えるという方向性が主流となっている。


 そんな中で、高踏高校というチームの方法論を特化した特異な高校が現れた。


 逆転現象が起き始めている。


「こればかりは、育成側に問題があったわけで反省しなければならないわけですが……」

「ぼやいていても仕方ない。移籍しないと金にならないわけだし」


 強化責任者の小野寺幸樹が資料に目を落とす。


「……来季はともかく、その次以降は高踏の全員に声をかけ、来る人数に応じてユースを調整する」

「まあ、代表9人が来る可能性は低いと思いますが」


 瑞江、立神、陸平はもちろん、颯田や稲城も海外からの興味があるという。


 園口、林崎、戸狩、鹿海は海外からの注目はないが、逆に来季・国内での目玉となる可能性が高く、熾烈な争奪戦が予想される。


 しかも、彼らは個人として成長すれば海外に行くだろう。もちろん一時的な補強としては良いだろうが、獲得に費やす労力ほどの見返りを得られるかは難しい。


 であれば、熾烈な競争が生じない準主力を大勢集めて、ユニットとして機能させた方が良い。


 もちろん、フロントもそれに応じた人材を揃える必要になるが、このあたりはかつてJ2にいた頃所属していた河野をU17から退任後にコーチとして呼び寄せるという方法がある。また、現在高踏でチーム運営に携わっている後田などを呼ぶ手もあるだろう。



「基本的にはその路線で良いが、できればもう少し強豪との試合も見たい」

「そうなると、準々決勝の武州総合戦となりますね。ただ、今日のメンバーが出るかは分かりませんが」


 上総の目当ては今日のメンバーであるが、高踏には1年もまだまだいるし、代表組もいる。どのメンバーがどの試合に出て来るか、まるで予想がつかない。


「プロである我々より県立高校の方が、変幻自在に選手起用ができるというのも何とも度し難い話だな」


 小野寺は自嘲の笑みを浮かべた。

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