12月31日 12:10 さいたまスタジアム
いよいよ大晦日、今日で今年が終わりという中、さいたまスタジアムは翌日の初詣を先取りしたような人込みに溢れている。
多くの者の目的は12時5分から始まる第一試合高踏対神戸海洋の試合であり、更に言えば高踏高校を見たいという者だ。「多分ベストメンバーではないのではないか」という事前予測はあるが、「控え組や1年にも期待できる選手が多い」ということで見に来ている。
その中に、例によってとも言うべきか、愛知からの3人の姿がある。
深戸学院の佐藤孝明、樫谷高校の藤沖亮介、鳴峰館の潮見徹だ。
彼らの目的は今後に備えて高踏の視察、全国の視察、全国傾向の調査といったものである。
3人はメインスタンドの中央付近に陣取り、周囲を見渡す。
「3万人くらいは入りそうだな……」
日本最大のスタジアムの一つであるさいたまスタジアムは6万人以上入るため、3万人では半分程度、上の方には空きも目立つ。
しかし、全国大会の2回戦の段階で3万人というのは相当な数字である。
順当に準々決勝まで進み、地元の武州総合と対戦したのなら満員になっても不思議はない。
この日の高踏のメンバーは以下の通りだ。
GK:⑫須貝康太
DF:②曽根本英司、③石狩徹平、⑮武根駆、㉘神田響太
MF:⑨園口耀太、⑳鈴原真人、㉙戎翔輝
FW:⑭司城蒼佑、⑲篠倉純、㉓櫛木俊矢
事前の予想通り、ほぼ県予選を戦っていたメンバーで、代表にいた中では園口のみが出ている。
「しかし、誰も話題にあげないが、代表に行ったメンバーと県予選までいたメンバーの連携は問題ないのだろうか?」
佐藤が首を傾げる。
代表組は8月末から主として代表での練習がメインだったという。それで1か月以上代表で戦っていて戻ってきてからは補講や追試もあったという。
県予選を戦っていたメンバーとの間でどこまでチーム練習ができているのか。ズレなどがでてこないのか。
藤沖と潮見は懐疑的だ。
「確かにスピード感などで齟齬が出る可能性はあるかもしれませんが……」
「ニンジャシステムみたいなことをやるわけですし、それほどの差はなさそうですが……。まあ、試合を見れば分かるのでは?」
試合が始まると、神戸海洋は引き気味だが、前線には2人残っている。
良い形でボールを取れれば前線に送り、あわよくばゴールを。せめてセットプレーを貰って得意の形にしたいということだろう。
「意図は分かるけど」
引き気味の布陣では良い形でボールを奪えないどころか。
「あー」
神戸海洋がはじめて中盤でボールを確保した途端、周囲からすぐにプレスを受ける。猛然と詰め寄る鈴原に慌ててパスを出したところ、その先に戎がいた。
相手ボールを戎はダイレクトに前線の篠倉に送る。篠倉が収めて、落としたボールに司城がシュート。
高踏にあっさり先制点が入った。
「これがニンジャシステムというやつか」
「凄いな、ニンジャシステム」
周囲でそんな声も聞こえてきて、3人は首を傾げる。佐藤が藤沖に尋ねた。
「まだ一度も変更していないよな……?」
「そう思いますけどね」
開始2分。まだシステムを動かしていない。従来の高踏の高い位置から人数かけたプレスに、素早いパス回しによるゴールである。
「とはいえ、ボールロスト後の即時奪回に向けた動きの鋭さと、奪ってからの切り替えの早さはやはり群を抜いている。そこにニンジャの幻影が付きまとってくる」
あれこれと迷いや不安が生じてくると、従来の思考の早さとプレーの早さが別の形で脅威になる。
「仮にニンジャシステムがあると分かっていれば、県予選決勝でPKになる前に負けていただろう」
「それはウチも同じですね。って、ウチはそもそも0-3で負けていますけど」
藤沖が苦笑しながら答える。
「あのやり方を一定時間に布陣変えてもやってくるかもしれないと思ったら、目の前のことに集中できなくなりそうです」
前半3分が回った。
「あ、変わったな」
高踏は試合開始からポジションを一つスライドさせた。気づいたものもいるようで、静かな試合の中にざわめきが広がっている。
「ミーハー気分で見に来ても分からないわな」
そもそも高踏はショートパスを連続するし、即時奪回を目指すのでポジションが乱れやすい。だから、軸となるポジションがスライドしたのか、その局面でポジションが変わっているように見えるだけか分かりづらい。
「ニンジャシステムをしっかり見ようとなると、サッカーを見る目は肥えるでしょうね」
「確かに。あっ」
一瞬目を離した隙に高踏に2点目が入った。
携帯で確認するとボールを奪った鈴原がスルーパスを司城に通して、そのまま決めたようだ。1年にしていきなり2ゴール。テレビでは『スーパールーキー』と華々しく叫んでいる。
「ニルディアにいればJ2の試合には出ていたでしょうから、スーパールーキーも何もないですが」
「ただ、いきなり2点というのもたいしたものだ。それでも次の試合にはベンチなんだろうからな。信じられない選手層だよ」
佐藤が言う。
いくら高踏とはいえ、初戦であるだけに緊張でうまくいかない可能性もあるかもしれないと思った。
どうやら全くの杞憂だったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます