12月30日 14:33 荒川河川敷練習場


『1回戦を終え、明日の2回戦に向けて余念がないなか、優勝候補の高踏高校も初戦・神戸海洋戦に向けて練習しております』


 テレビカメラの前で菱山佑里香がコメントをしており、その向こう、荒川河川敷のグラウンドで高踏のメンバーが練習をしている。


 陰で聞いていた陽人はクルーの手招きに応じて、カメラの前に移動する。


『高踏高校監督の天宮陽人君に来てもらいました』

(天宮君……)

 

 菱山の呼び方に陽人の目が一瞬丸くなった。


 一応監督という立場であるので君付けされると違和感がある。


 ただ、菱山は高校3年で、陽人は2年で相手が1年先輩であるのも確かだ。


 君付けは仕方ないのかもしれない。


『天宮君、初戦に向けて調整はどうでしょうか?』

「まずまずの調整はできています。ただ、代表組はまだ本調子ではないですね」


 陽人の言葉についてきているスタッフの表情が渋いものに変わる。


 昨年、毎試合のようにメンバーを入れ替えていた実績がある。明日の初戦には代表組を出さないのか。そんな落胆が見てとれた。


 表情を変えない菱山だが、もっとダイレクトに言う。


『ということは、明日の試合は2軍を出すのでしょうか?』

「2軍……」


 容赦ない表現だ。


 確かに陽人達もBチームや控えチームと表現することはある。しかし、部外者に2軍と呼ばれるのは看過できない。


「2軍というわけではないですね。例えばアイドルグループだって、人気メンバーとそうでない人はいるでしょうが、2軍とは言わないでしょう」


 高踏のユニフォームを着ている以上は1軍も2軍もない。


 そう力強くアピールすると、菱山も「なるほど。そういうものなんですね」と曖昧に答えた。


 しかし、特に響いたわけでもないようで、すぐに話題を変える.



 菱山はメモに目を落とした。自分で聞きたいことがあるのではなく、クルーの質問から抜き出しているらしい、


『それでは、明日のメンバーのここを見てほしいといったことはありますか?』

「いや、特にないですね。まだメンバーが確定したわけでもないですし」

『ガードが固いですね』

「本当にまだ決まってませんので」


 これは嘘というわけではない。


 今日の練習も見て決めるつもりなので、確定していない。



 カメラマンクルーが指示を送り、菱山は更に話題を変える。


『昨日、同じ組の武州総合高校が海老塚高校に7-0と快勝しました。このまま行けば準々決勝で当たることになります。高幡君と楠原君とは代表でも一緒に戦ったわけですが、どうでしょうか』

「そんな先のことまで話せませんよ」


 どうしてもワールドカップに絡めた話をしたいようであるが、先の試合のことを話せるはずもない。別のチームとの試合前日ということを理解しているのか疑わしくなってくる。



 ならば、試合以外の話題なら良いかと言うと。


『練習以外の時間は何をしているのでしょうか?』


 と、急にサッカーと関係ない個人的な質問となる。


「……補講の際に課題を沢山出されたのでそれを解いています」


 これもまた嘘ではない。


 ワールドカップで一ヶ月以上離れていたこともあり、補講と追試で完全に追いついたわけではない。残りは課題という形で出されている。


 選手権が終わってからやっていては到底間に合わない。並行して行うしかないが、それでも全部できるか心許ない。


 いざとなったら、分担してやろうという話が出ているくらいだ。


 

 そこから話題を変え続けること15分、結局話が合わないまま終わってしまった。


 菱山はじめクルー達は不満足そうだが、どうでもいい話に付き合わされ続けた陽人も同じである。


「試合前に試合のことをあれこれ聞かれても答えようがないんだけどなぁ」


 終わった試合なら答えられるが、試合後にインタビューするわけでも無さそうだ。


 もっとも、菱山はあまり詳しくなさそうなので、試合後のインタビューも噛み合わないものになりそうであるが。


 すると、結菜が楽しそうに話をする。


「去年の佐久間サラちゃんと違って、サッカー知識無さそうだものね」

「彼女がそんなに詳しいとも思わなかったけど」

「それは兄さんが逃げ回って話をしなかったわけだし」

「逃げ回っていたわけでは……」


 反論しようとするが、オウンゴールのことを言われて苦手意識がついたのは間違いない。


「もし菱山佑里香じゃなくて、佐久間サラだったら、直立不動で聞いていたんじゃない? 紫月君来たときもそんな感じだったし」

「いや、そんなことはないはずだが……」

「ほう、そんなことはないと? 佳彰がその時の映像持っているかもしれないから探して確認してみようか……?」

「いや、いい……」


 陽人は力無く答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る