12月29日 14:49 駒場スタジアム控室

 駒場の試合はハーフタイムに入っていた。


 前半を終えて武州総合は4-0とリードしている。完全に楽勝の勢いである。


「もうちょっと強敵だと思ったが……」


 高幡と楠原を含めてベンチ組の表情は総じてそういうものであった。


 もちろん自校が勝ちそうなのは嬉しいが、相手が弱すぎて意外という様子だ。



 武州総合の初戦の相手は大阪の海老塚高校。


 昨年、高踏と派手な打ち合いを演じて豪快に散っていったチームである。その後高踏が準決勝まで進んだこともあり、負けたとはいえ評価は上がっていた。


 大型の生徒は何人か卒業したものの、河西をはじめ残っている者もいる。だから昨年のように玉砕覚悟で打ち合いに来て良さそうなものだが、この試合の前半は印象に残るシーンは一切なく、ひたすら守っているだけだ。


 拍子抜け、そうした印象がある。


 監督の仁紫権太が欠伸をする。


「海老塚の監督は去年……まだ今年か。結構いい試合をしたからな。関東含めて、関心をもっているところが多い」

「そうなんですか?」

「夏くらいに来年から別の高校が中松博文を監督に迎えるという話を聞いた」

「あぁ……」


 高幡と楠原の顔はある程度納得したようだ。


「つまり、今年で終わりだからやる気がないと?」


 いやいや、仁紫があきれ顔で手を左右に振る。


「そんな無責任なことはしないだろう。ただ、学校や保護者が反対して揉めるとかそういうことはありうる。周辺も含めてチーム全体の信頼関係が壊れているんだろう」


 海老塚は高校サッカー以外ではほとんど名前も聞かない。


 学校側が今後もサッカーで名前を売りたいと考えているならば、中松を手放したくはない。


 しかし、中松側の事情もある。自分の力が評価されて、もっと組織や体制が整ったチームを指揮できるなら、そうしたい。元々OBというわけでもないし、海老塚に骨まで埋めるつもりはない。


 そこから衝突が発生して、目の前の試合以外で消耗している。


 都道府県予選までは何とか持ちこたえたが、その後更なる衝突があり、チームが崩壊した。


「……なんて感じじゃないかと想像はできる。もちろん外野の憶測だ。どうしても気になるなら試合後に中松と向こうの選手に聞いてみるしかない」

「そんなことはしませんが……」

「何だってそうだ。良いものを作るのは大変だが、壊れる時は一瞬だ」



 コーチの平井がおずおずと手をあげる。


「監督、よろしいでしょうか?」

「あぁ、悪かったな。後半のことは任せた。いや、前半も任せていたな」


 仁紫がすまんと手をあげて、目を閉じる。


「……それでは。経緯はどうあれ、前半は非常に良い展開だ。後半もこのまま行こう」


 楠原が手をあげる。


「この展開なら1年を起用しても良いのでは?」

「もちろん了解しているが、相手の状態が良くないとはいえ、迂闊に流れを手放すと一気に持っていかれる可能性があるのがサッカーの常だ。10分くらいは今のメンバーで戦い、流れを固めてから1年を起用していこうと思う」


 そう言って、平井は1年達を見た。


「準備しておけ」

「はい!」



 4点リードしているので、戦術的な指示はほとんどないままミーティングが終了した。


 後半のベンチに向かう途中、高幡が首を傾げる。


「しかし、海老塚がそうだとすると、高踏は監督とナンバーツーが日本代表に抜かれて丸々数か月いなかったのに、普通に勝てているからやばいな」


 楠原がメガネをずらして答える。試合に出る予定はないので、ゴーグルはバッグの中だ。


「……あのチームは下の世代もいるみたいだからな。昇の妹も含めて」

「あいつはただのヲタクだよ」

「ヲタクがそれぞれの持ち分で力を発揮すれば、良いチームになるんだろ。まあ、強いて言うのなら」


 楠原が最後尾をのっそのっそと歩いている仁紫に視線を向けた。


「記者会見で『あぁ?』とか凄むような存在だけは、いないかもしれないな」



 のんびり歩く2人を源平が抜いていく。


「モトさん、大丈夫ですか?」


 高幡の問いかけに、源平が「おまえなぁ」と苦笑する。


「俺は重病人でも何でもないんだ。いちいち心配すんな」

「すみません」


 この大会に備えて、源平は3キロ減量して98キロになっている。それでも高校サッカーレベルでは破格の体重だが、今までほとんど減量できなかった彼がそこまで減らしたというのは相当な覚悟の表れだ。


「最後の大会はスーパーサブでなく、チームの柱としてプレーする」


 減量という結果も出してそこまで言うと、仁紫もさすがに認めるしかなく、予選から全試合出ている。


 ただ、この展開なので10分で下がることにはなるだろう。

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