12月12日 9:00 高踏高校

 夕方、クラブハウスに行く前に教室を覗いた結菜と我妻が溜息をつく。


「うーん、これは中々大変そうねぇ」



 ワールドカップが開催されている間、高踏高校では二学期の授業と、期末試験が行われていた。


 出場していた者達はおよそ20日分の授業と、期末試験を丸々すっ飛ばしたことになる。


 日本代表で優勝したと言っても、試験を免除するわけにはいかない。


 本来なら帰国後早めに行いたいところだったが、長い大会を終わってオーストラリアから戻った直後の疲れ切った状態に、補講や追試を課すのはさすがに酷だし、効率も下がるということで一週間を待った。


 そのスケジュールが日曜日に発表された。


 この日から早朝と、放課後に1コマずつ補講を行い、土曜日も4コマ行う。


 彼らのみが受ける期末試験の日程は冬休みに入ってすぐ。12月23日から25日までとなった。


 それでも、12月の半月程度の期間では追いつかないので、後は課題とレポートで何とか、ということになる。


 つまり、選手権期間中も課題をこなさなければならない。



 結菜と我妻に辻、マネージャー達が計算を始める。


 25日に試験が終わって、約一週間後の31日にベストコンディションで臨むのは無理だろう。


 陽人は、期間の短い高校選手権ではコンディションより休養を重視すると言っていた。


 とはいえ、テスト勉強ばかりしていたものをすぐにピッチに立たせるわけにはいかないだろう。数日は調整させる必要がある。


「一週間だとちょっと辛いよね。10日くらいかなぁ」


 我妻の試算に、結菜がカレンダーを見て渋い顔になる。


「そうなると準決勝だけ? いっそ準決勝と決勝を死ぬ気で行ってもらおうか?」

「それはそれで、良いところ取りという感じになっちゃうね」

「確かにね……」



 そんな大変な日程ではあるが、プラスと思える面もある。


「ワールドカップ優勝で燃え尽き症候群的なものがあるかもしれないけど、これでネジが新たに巻かれそう」


 ワールドカップ優勝というあまりに大きな成果を成し遂げたのでどうしても安心感やモチベーションの低下があるはずだ。


 ここから半月程度で「もう一度死ぬ気で高校選手権取りに行くぞ!」とまで持っていくのは、実は容易ではない。


 そういう状況では、ずっと勉強させられる不自由な環境に押し込んで、「サッカーをやりたい」という思いを点火させた方が良いのかもしれない。


 ただし、それも限度がある。


「やり直し試験の追試にならなければ、だけど……」


 試験はほぼ即日で採点され、赤点であれば科目数にもよるが26日に集中補講を行い、27日か28日に再度試験を受けることになる。


 この場合は、メンタル面も含めて選手権はほぼ絶望的だろう。



「基本的に怪しいのは、颯田さんと戸狩さんの数学系か。まあ、戸狩さんはどの道ほとんど出られないから関係ないとも言えるけど」


 結菜の言葉に卯月が中間試験の結果も書いたメモを眺める。


「瑞江さんと立神さんの古文も危ないですが」

「あ、本当だ。中間45点と50点……」


 中間との平均で40点を切ると赤点となるので、50点程度であると危ない。


「厳しいけど、私達にはどうしようもないものね」


 成績優秀な卯月に勉強を教えてもらうという方法もあるが、補講が早朝と夕方に入ってしまった以上、中々難しい。夕方一時間補講を受けた後、更にクラブハウスに来てまで勉強させるのはさすがに気の毒だ。



中間試験結果:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093086199474334



 選手権の初戦にあたる31日の神戸海洋戦には主力は間に合わないと想定しなければならない。


 主力だけでなく、監督の陽人もしばらくは上の空だろう。


 県予選のメンバーで戦うことになりそうだ。



 翌日、高踏サッカー部についての情報がもっとも多いとされる三尾日報にもその状況が記事となった。


『ワールドカップ優勝の代償・期末考査に追われる代表陣』

「サッカー・U17ワールドカップ優勝に貢献した高踏高校サッカー部だが、代表メンバーは不在期間に行われた授業の補講と期末考査に追われている。高踏高校によると、12月22日までに集中的に補講を行い、25日までに期末考査を行うとのこと。

 同校サッカー部は28日からの高校選手権にも参加している(高踏の初戦は31日)が、初戦の選手起用に影響が出ることは避けられなさそうだ」



 この記事を見た県内の何人かが「ワールドカップに優勝したのに、試験のせいで選手権に出られないのは酷いのではないか」と苦情の電話をかけてきた。


 これらの電話に対応したのが真田である。


「カリキュラムを消化しない生徒の部活動が制限されるのは当然だ。文句があるなら文部科学省に言ってくれ」


 そう手短に言い、文科省の電話番号を教えると、以降の反論は聞くこともなく電話を切る。


 真田は選手権などで面倒な相手の対処に慣れていることもあるのだろう。あまりに手際良く対処していたので初日の段階で補講担当から外され、補講と考査期間中ずっと電話番として待機することになった。


 それが真田のストレスを増大させてより喧嘩腰になったのは言うまでもない。

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