12月10日 8:11 武州総合高校

 高幡昇は愛知から武州総合に進学したため、寮生活だ。


 武州総合はサッカーだけでなく、多くのスポーツに力を入れており、県外からの学生も多く、彼らが揃って寮生活を送っている。


 この朝、高幡はいつも通り6時半に起床し、7時に寮の食堂に向かった。


 そこに監督の仁紫が座っていた。


「あ、監督。おはようございます」


「おう、高幡。昨日は大変だったな」


 思い出して苦笑する。


 前日はニンジャシステムに全員が大混乱だった。多少慣れている高幡でも苦戦していたのだから、初めてやる部員の混乱ぶりはそれどころではなく、完全なカオスと陥っていた。


「当分はワタワタすることになりそうですよ」


「そうだな」


「しかし、今日は随分早いですね?」


 高幡の問いかけに、仁紫はニヤッと笑う。


「見学者が1人いるんでな」


「見学者?」


 高幡は首を傾げた。


 もちろん、武州総合への進学を希望する者の案内を行うこと自体は不思議ではない。


 しかし、通常そうしたことは土日に行うはずである。何故わざわざ月曜日の朝に見学に来るのか。


「何ならおまえも付き合うか? 飯食った後、こっちに来ればいい」


「はぁ……」


 よく分からないが、監督に「付き合え」と言われて無視するわけにもいかない。高幡は手短に朝食を済ませると仁紫のところに戻るが既にそこにはいなかった。


 小さな面談室から話が聞こえてくるから、食事の間に見学者が来ていたらしい。



 話まで聞いてよいものかと思ったが、付き合えと言われたのでひとまず面談室の方に向かう。


「これから見てもらうが、さすがに練習施設は今までのところよりちょっと落ちると思う」


 仁紫の声が聞こえた。


「いえ、来る途中見ましたが、ほとんど変わりませんよ」


 返事の声を聞いて、高幡はギョッとなった。それが分かったわけではないだろうが、仁紫が楽しそうに呼びかけてくる。


「おう、高幡、いるんだろ? こっち来て挨拶しろ」


 高幡は面談室に入り、予想通りの存在がいたことに口を真一文字に結ぶ。


「来年一年だけ転入することになるディエゴ・モラレス君だ。仲良くしてやってくれ」



 挨拶をした後、仁紫から練習施設の案内を命じられ、高幡はモラレスを連れて歩く。


「驚いたな。まさか武州に転入してくるとは。さいたまに不満があったのか?」


 ユースの途中から高校へ転入すること自体は珍しくない。


 ただ、大半は競争でついていけないとか、思うように成長できないものである。モラレスのように世代別代表選手まで行った者が転入するというのは極めて珍しい。


「不満じゃない。来年に関してはユースで戦うよりこっちの舞台の方が競争が熾烈だと思っただけだ」


「……まあ、高踏はもちろん北日本も洛東平安も進歩しているだろうからな。でも、チームはどうなんだ?」


 今回の世代別代表が示すように、この世代に関して言えば高校の方がユースより優勢かもしれない。とはいえ、自分達を袖にされて、ユース側は怒らないのだろうか。


「面白くないかもしれないが、納得はしていたと思う。高踏は特別だからな、って言っていたし」


「確かに」


「ちなみに俺だけじゃないぞ。原野も転入する予定らしい」


「あいつは静岡だっけ。浜松学園にでも行くのか?」


「いや、高踏と何度も対戦したいって言っていたから、越境するらしい」


「それは、それは……」


 高幡は恐れ入ってしまった。


 ユースから高校に転入する最大の理由は「高校サッカーに出たいから」であるはずだ。


 その一番の近道は、現在なら高踏高校に属することだろうし、そのもっとも険しき道は「高踏に勝たなければいけない」ところに行くことだろう。


 そのもっとも険しき道を行こうという姿勢には恐れ入るばかりだ。


「高踏に行くのが一番良いのかもしれないが、あっちは公立だから簡単に転入できないからな。原野の学力だと無理だろう。いや、もちろん俺も無理なんだけど」


「そうするとどこに行くんだ? 深戸学院?」


「恐らく。ユースの人が嘆いていたが、来年は特に高校側への移動が激しくなりそうだ」


「うぅむ……」


 サッカーに関して言えば、プロになりたい、というのが最終目標の選手は少数派のはずだ。代表、海外、その更に上をも見据えるとなると、よりレベルの高い競争をした方が良い。


 今までは、それがユースの舞台であった。


 しかし、高踏高校が忽然と現れ、誰も理解しないようなことをしてしまった。


 短期的なスパンで見るなら「ユース昇格より、高校に進学した方がレベルが高い」となる。


「来年はジュニアユース組も高校にこぞって来るのか。信じられん話になったな……」


「それだけ目指し甲斐がある、ということさ」


 モラレスの真剣な視線を見るにつれ、改めて「そのまま地元で進学しておけば良かった」という思いが高幡の中に宿る。



 一方、迎え撃つ高踏の主力達はというと……


 ワールドカップ期間中に終わってしまった期末試験を受け直すべく、補講を集中的に受けていた。

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