12月9日 10:50 武州総合高校・グラウンド
日曜日、武州総合の部室では高幡昇と楠原琉輝が対高踏に関する作戦を話していた。
もっとも、理屈的なことを話すのはほぼ楠原で、高幡はたまに経験的なことを話すのみであるが。
「基本的に高踏のチームとしての戦い方を予測するのは不可能です。まずもってどのようなメンバーをスタメンに起用してくるか分からないうえに、ニンジャシステムがあるからです」
楠原は、特集号を開いて、ホワイトボードに名前を連ねていく。
「仮に起用が固定されていたとしても、6つのパターンがあり、そのそれぞれに複数の攻めのパターンがあります。覚えるパターンが最低でも20くらいはあるでしょう。しかも、それを覚えたとして、天宮の布陣とこちらの想定が狂っていれば、全て無駄な努力となります」
「うわぁ……」
「データを利用する場合、何人かの選手……例えば颯田や稲城といった出場濃厚な特定の選手について出場選手全員が把握しておいて対処するしかありません。もちろん、チーム総出で研究をした相手が出てこない可能性もあるのですが」
高踏サッカーは満遍なくボールが行き渡るので1人を徹底マークして、試合から消すことができれば多少優位にはなる。
もちろん、瑞江や陸平クラスの対処は難しいので、稲城や颯田、鈴原といった比較的マークのしやすい相手が対象となるだろう。
「中央は無理だけど、サイドは180度に限定されるし、サイドに集めてどうにかならないかな?」
「それは難しいな」
古郡の質問に高幡が答える。
「さっき楠原が言っていた4バックというのがそこにある。サイドバックには立神、園口と強力な2人がいるから1対1でも難しい。しかも、サイドにきちんと通す方法をきちんと確立しなければいけない。ホルダーやサイドへのマークやプレスのタイミングが微妙に食い違う中で、だ」
日本がスペイン戦であげた1点目はサイドが受けたところに稲城が素早く絡んでボールをかっさらったというものだ。サイドが前を持てば1対1で相手を抜くだけで楽な展開だが、中が混乱している状態でサイドが前を向ける精度の高いボールが出るかは怪しいところだ。
「しかもズレてしまうとスローインになってプレーが切れる。そこで1つスライドするから、思考の切り替えが更に一つ増える」
「余程正確に繋げないと特定ポジションを狙うのは難しいし、それだけ正確に繋げるのなら、何もサイドにこだわる必要もないでしょう」
「結局のところ、高踏より早く判断し、早く行動するしかないわけだ。フィジカルアドバンテージが活きるのはそれからになるだろうな」
チームメイトが神妙な顔をして聞いている。
監督の仁紫が前に出て来た。
「俺が思う限りでは、変幻自在のシステムを想定した練習方法は二つある」
「二つも?」
「あぁ、一つ目は何チームかを呼び寄せて、1分ごとにメンバー交代を目まぐるしく行うというやつだ」
なるほど、という雰囲気が広がったが、楠原と高幡は賛同する雰囲気ではない。
「メンバーが変われば脳が対応できます。ニンジャシステムの厄介なところは同じメンバーが少しずつ動いて違うところから来ることと思いますので」
「確かに。それにまとめて数チームも呼ぶなんて失礼なことも中々できん。ハハハ、そうなると残る方法は一つだな」
「……どのような方法で?」
「習うより慣れろだろう。明日から一週間、高踏式の練習をやってみればいい」
どよめきの声があがるが、楠原も頷いた。
「そうですね。どのようなものかイメージを掴むことが大切です。我々があのレベルで実践することは不可能でしょうが、相手がどうなっているのか、多少でも分かっているだけで全く違います」
「あとはひたすら攻守の切り替えを早くすることだ。集中力と敵味方のポジショニング把握が必要になる。これも結局のところは速いトレーニングで鍛えていくしかないだろうな」
「つまるところ、今日から高踏式のニンジャシステムを、タッチ数制限で行っていくことにします」
タッチ数制限については、日本代表のトレーニングにはなかった。
しかし、武州総合のメンバーがニンジャシステムで練習したとしても感覚はともかく、スピードや負荷という点で限界がある。その二つについてはタッチ数制限をして上げていくしかない。
グラウンドで練習が始まった。
「では、AチームとBチームを籤でごちゃまぜにした布陣でやってもらう。2タッチを超えたら相手チームの間接フリーキックでスタートだ。俺はファウルを見て、マネージャーがタッチ数を見て笛を吹く」
笛を吹く者が2人いることで、更に聞き分ける必要がある。
脳が要求される情報処理が多くなればなるほど、対高踏という観点では良いものとなるだろう。
「では、スタートだ」
仁紫が笛を吹いて、紅白戦が始まった。
周囲の部員が寄ってくる。「今日は随分変なことをやっているな?」という質問に始まるが、もちろんそれが高踏対策であろうことは他のクラブの部員も分かっている。
「おい、古郡! おまえポジション動いてないぞ! ちゃんと回れ」
「石倉さん、3タッチ目です!」
数分もしないうちに、ピッチ内に仁紫やマネージャーの細かい指摘が飛び回る。
楠原以外の全員にとって、目の回るような練習が始まっていった。
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