12月8日 15:57 高踏市内・陸上競技場

 リーグの最終戦の相手は知多実業高校。


 高踏Aは先週の試合に勝利して昇格プレーオフに臨めることは確定しており、完全な消化試合である。


 当然、主力は1人もいないし、Bチームと1年のうちでも出番が少なかった、満足する成果を出せなかった、といった選手が多数登場している。


 言ってしまえばほぼ練習試合という態度であり、スターティングメンバーが発表された際も「誰だ?」という声がいたるところから沸き起こる。



 GK:水田

 DF:神田、神沢、石狩、南羽

 MF:浅川、弦本、田中

 FW:櫛木、加藤、大井



 更にベンチには背番号13の聖恵貴臣と背番号35の末松至輝が初めてベンチに入っている。


「どんな展開になっていようと、残り15分で交替出場させる」


 負けても関係ないこともあり、試合前から陽人は宣言していた。


「……のだが」


 陽人はベンチに座った聖恵を見て、後田に対して苦笑交じりに小声で話す。


「気づいたら俺より背が高い」

「俺も抜かれた」


 聖恵は入部してきた時には155センチ前後だったはずだが、12月頭に計ったら177センチあったらしい。


 体重はさほど増えていないから、サッカー選手というよりも一部のバスケット選手のような手足の細長いシルエットに見える。


 もう少し肉をつけてからサッカーをさせた方が良いのではないかとも思うが、練習でも短時間ならある程度できるようになっている、という評価である。


「10分15分なら大丈夫」


 と、結菜、我妻、辻のトリオが揃って宣言しているから、大丈夫だろう。


 2人が練習できない立場ながら、地道に努力していたことは皆が知っている。最終戦でご褒美出場させたとしても罰は当たらないだろう。



 知多実業高校は県1部リーグ最下位ということもあり、チーム全体に覇気がない。


 であるので、試合開始から高踏が押し込んでいる。メンバーが落ちているとはいえ、戦術遂行に支障をきたすことはないし、それを打破できる武器は知多実業にはないようだ。


 20分に加藤がドリブル突破からゴールを陥れ、38分にはセットプレーから浅川が決めて2-0。


 知多実業もたまにカウンターを狙うが、水田を脅かすには至らない。



「ゴール前の存在感みたいな曖昧な要素だと、水田が一番あるのかもしれないな」

「そうだなぁ。康太は身長が止まった感じだけど、水田は大きくなっているし」


 今年の春先は須貝も水田も179センチだった。


 12月頭では、須貝は変わらないが、水田は184センチになっているらしい。聖恵の急成長で他が伸びていないように見えるが、水田も卒業までには190前後にはなりそうだ。


「その背丈でPKストップが傑出しているとなると、プロになれるかもしれないよなぁ」

「あのPKストップは凄いよな」


 戦術云々を度外視した恐るべき特技である。


 セービング能力も須貝と互角、仮に鹿海の95パーセント程度までカバー能力が広がれば手のつけられないGKになるだろう。



 後半に入っても、大きく流れは変わらない。


 13分に櫛木がゴールをあげて3-0となった。


「ちょっと早いけど、行くか」


 3点目の直後に聖恵と末松にアップするよう命じた。


 22分にプレーが切れると同時に、田中と大井を下げて聖恵と末松を投入する。



「いきなりケガするとかだけは勘弁してくれよ」


 練習は問題なくこなしているとはいえ、2人とも長期欠場明けであるだけに試合勘の鈍りによる不必要な負傷が心配だ。


「それなら残り15分で出すべきでしょ」


 結菜が突っ込んでくる。


「それはそうだが、せっかくだからある程度見たいし。矛盾しているけれど」


 二律背反な思考を陽人は正直に認める。



「おっ」


 投入直後、末松の追い込みから聖恵がボールを取った。すぐに弦本に渡して、櫛木

へのパスが通る。


 シュートは外れたが、最初のプレーとしては上々だ。


 その後も、2人のボール奪取から予想以上に多くのチャンスが作られる。


 といっても、決して物凄い動きをしているわけではない。もちろん久しぶりの試合出場ということで気合は違うし、一つ一つ全力で動いていることもあるが、スピードが突出しているとかパワーが凄いということはない。


 ただ、ほとんど止まることなく相手の動きが読めているかのように動いている。


「……これは予想以上だ」


 驚く陽人と後田に対して、1年トリオがドヤ顔を決める。


「あの2人と紫月君は映像研究を続けていたからね。高踏式のやり方だけじゃなくて対戦相手的な思考もつけているのよね。自分達ならどう動くかはもちろん、仮に相手の立場ならどう崩しに行くかも考えるから、多少フィジカルが弱くてもカバーできるっていうわけ」

「なるほど……」


 陸平は味方が攻めている時にも、相手がボールを持った時を想定して動いている。聖恵と末松もそういう考えの下で動いているらしい。


 まだぎこちないし、フィジカル面で弱すぎる部分もある。


 ただ、この部分が追いついてくれば……



 試合は3-0のまま終了した。


 15分という通り、ラスト3分程度では末松も聖恵も早くもバテていたが、相手も諦めていたため大きな支障はきたさなかった。


 2人も満足そうな表情だ。課題も多いが希望も多い。


「仮に1人か2人いなくなったとしても、来年も楽しいチームにはなりそうだな」


 後田が笑って言う。確かにそうだ、と陽人も頷いた。

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