12月8日 13:57 高踏市内・陸上競技場
週末、代表日程で延期されていたリーグ戦最終戦が行われる。
県リーグの試合は、高校選手権に比べると関心が低い。学校のグラウンドで行われることも珍しくない。
しかし、関心を集めている高踏高校の試合である。殺到、とまでは行かなくても観たいファンも少なくはない。
そのため、急遽会場を高踏高校グラウンドから、市内の公園にある陸上競技場へと変更となった。
その入りが7割程度である。試合開始前ということを考えれば上々だ。
「あの辺りはJチームのスカウトだろうな」
久しぶりに大溝夫妻が観戦に訪れた。
彼らの前にはズラッと並ぶスカウト達の姿があるし、サッカーライターらしい者達も散見される。
「実際、どうなんでしょうね?」
横から尋ねるのは三尾日報の記者・滝原だ。
「スカウトにも話を聞いていますが、『即戦力だ』という人もいれば『システムで勝っているからプロの舞台では通用しないのではないか』という声で分かれていますが」
「それを見極めるのが記者の仕事だろ……と言っても、おまえさんは本業ではないから仕方ないかもしれないが」
大溝が笑う。
元々、滝原は昨年の夏、高踏に興味をもった大溝が「ちょっと地域新聞で書いてみないか」と持ち掛けて高踏の取材を始めた。地域面の担当だからスポーツに詳しいわけではない。
しかし、高踏が強くなっていくにつれて続きの要望が出て来たので、引き続き訪れている。
高踏そのものには詳しいし、彼らが高校サッカー界で一、二を争う存在まで浮上したことも分かっているが、個々の選手がプロで通用するか、という競技的な観点は分からない。
プロスカウトの評価として、瑞江、立神、陸平は当然トップで通用するということで一致している。この3人に関してはそもそも日本でプロになることはないだろう、という認識のようだ。
そこに続くのが颯田と稲城、園口で、恐らく海外でやるのは無理で、Jリーグが狙うならこの辺りだろうという評価になっている。
では、それ以外の選手はどうなるのか、というあたりで評価が二分する。
「技術や単純なフィジカルが揃って満たされている選手はいないかもしれないな。ただ、限界点まで達しているのかというとそうではない」
大溝夫妻の協力を得て本格的にトレーニングをするまで、高踏の選手達はプロレベルのトレーニングはしていなかった。逆に言うと体力面ではまだ伸びしろがあることになる。
「プロで通用しないパターンに、若い頃は体格の良さや成長の速さでアドバンテージを得ていたが、成人になって相手が追いついてくるし、そもそもプロだから全員が優れている。アドバンテージを得られなくなって、そこから自信を失っていくようなパターンが多い」
「あぁ、なるほど」
「そこからすると、ここの選手達は追いついてくるタイプになるはずだ。体力や成長ではそうでもないが他の部分はしっかりしている。トレーニングが追いついてくれば抜いていくのではないかと思うが」
そのためにプロに行く必要があるのか、という問題がある。
「行けたとしても高給にはならないだろう。どうしてもプロになりたい、というのならともかく、そうでないなら大学に行って続ける手もあるし、彼ら自身にとってメリットがあるかどうか。そのあたりの綱引きはチーム側にも選手側にもあるだろう」
「確かに大学の方が良いかもしれませんね」
高踏高校であれば学力の問題は低いので、推薦という形でほぼどこの大学でも行けるだろう。そういう点ではプロより有利といえる。大学卒業という肩書も得られるし、評価されたのであれば大学に所属しながらJリーグでプレーすることも可能だ。
「あとは戦術的な相性とかそういう問題になってくるのだろう」
海外で活躍する日本人選手でも、いや、日本人選手に限らず世界トップレベルの選手でも、監督や戦術との相性がある。優秀な選手でも監督とソリが合わずに使われない、ということは日常茶飯事だ。
「恐らく、高踏と比べるとプロであってもより単純な戦術を採用している。大学は尚の事そうした傾向が強い。となると、それに特化した選手が重宝されることになるわけで、高踏の選手達は器用貧乏という扱いになる可能性はあるな」
「同じことばかりガツガツやるタイプではないですからね」
トップチームはともかく、下位チームになってくるとひたすら堅守速攻など、パターンが限定されているチームも多い。高踏のようにコンセプトのためにあらゆる方法をとるチームとは全く毛色が違う。
「目指すにしても、今までやってきたこととあまりに違うから簡単に目指せるものでもないし、な」
「それこそ監督も天宮君にするしかないですね」
「ただ、彼は海外に行くだろうという評判だ。そうなると、野心的な大学が後田君をコーチにして、高踏の選手を集められるだけ集めるというのが面白いのかもしれない」
「なるほど。大学でまるまる続行するというわけですね」
「大学でも通用するとなれば、J1にはないだろうが、J2以下なら、『いっそまるまる引き抜いて』というチームが出て来るかもしれない。新興企業が割と多めに資金を積んで参戦してくるケースもあるが、そういうところが丸々試す、というやつだ」
とはいえ。大溝は「それは外野の意見だ」と肩をすくめる。
「結局は全員の人生だ。いつまでも一緒というわけにもいかないだろうし、それぞれが自分にとって最善と思う道を進んでいくしかない。幸い、ここの選手はそういう部分で大きな間違いをすることはないだろうし」
「そうですね」
滝原も頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます