12月5日 16:46 抽選会場

 抽選が決まり、早速、大会マネージャーの菱山佑里香ひしやま ゆりかが高踏のところに向かう。


 この日、高踏高校のみならず全チームともオーストラリアでワールドカップを戦った代表選手は来ていない。さすがに月曜日帰国で水曜日の抽選に出て来るのは無理だろうということで免除したからだ。


 そのため、高踏高校からは監督の代わりとして引率責任者の真田が、キャプテンとしては県予選に引き続いて鈴原が来ている。



『それでは愛知代表の高踏高校部長の真田順二郎さんとキャプテンの鈴原真人選手に聞きたいと思います。抽選の結果はいかがでしょうか?』

「決まった以上は全力で調整するのみですね」


 鈴原が答える。真田は「うんうん」と頷いている。


 菱山はしばらく待つ。イヤホンから「代表選手の状況について聞いてみて」というテレビ局側からの指示が入っているのが漏れ聞こえてくる。


『代表選手の調整はどうでしょうか?』


 鈴原は一瞬真田の方を向いた。こういうことは部長が言うべきと思ったようだが、真田は「うん、うん」と頷いているだけだ。向き直って鈴原が答える。


「何せ戻ってきたばかりですからね。ただ、大会までには合わせてくると思います」

『期待しています』


 菱山は再び動きを止めて、テレビ局側の反応を待つ。


 これ以上は特にないようだ。頭を下げてきた。


『ありがとうございました』



「……面白くないみたいですね」


 鈴原が苦笑いを浮かべて真田に話しかける。


「せめて天宮くらいは来るんだろうと思ったんだろうけどね」


 真田はせいせいした表情である。


「でも、彼らの自業自得としか言いようがない。決勝が日曜日夜で、終わって帰れば月曜夜に戻ってくるわけで、それで水曜にまた東京まで出てこいは無理だろ?」

「そうですよねー」


 代表選手に考慮して日程をずらすことにはなったが、大会主催者は準決勝まで行くことは想定していなかったようだ。決勝後ではあるが、代表参加者がやってくるには不可能な日程を組んできた。


 それでもテレビ局は各校に代表選手を連れてくるよう要請したらしいが、協会から「その必要はない」と回答があり、今に至ったわけである。


「……ちなみに個別取材は先生がシャットアウトしているんですよね?」

「当然だ。あと1か月ちょっとで大学入学共通テストなのに、学校にテレビ局の連中がドカドカ押しかけてくるなんてありえない」


 冗談じゃないよ、真田は両手を広げて「理解できん」とばかりに息を吐いた。



 実際その通りである。


 取材を受けないのは陽人を含めた選手達が希望していないから、という要素も大きいが、学校側の事情も負けないほど大きい。


 昨年の一回戦だけは「高踏が全国大会に出るなんて二度とないだろうし」と大歓迎ムードで学生が集まったが、勝ち進むにつれて「勉強の時間がなくなる」と減っていった。今年は二度目ということもあり、昨年以上にポジティブな反応は鈍いだろう。


「サッカー部の好成績はすごいけど、そのせいで自分達の邪魔をされるのは困る」


 という空気は、間違いなく存在している。


 そうした学校側の事情は話題が欲しい行政トップはともかく、県や市の行政には理解されている。


 各自治体や県には高踏OBも多いからだ。


「なるべく他の学生の勉強活動を妨げるようなことをしてはいけない」


 そうした通達が県サッカー協会に出され、それが上にも届いている。


 サッカー協会としても行政や県協会を敵には回せないので、受け入れるしかない。



 結果として、サッカー番組の取材はほぼ峰木と緒方、角原や垣野内らが引き受けている。


 峰木は朝から晩までテレビ局も含めたメディア周りをしているらしいし、靭帯負傷でメンバーから外れた井塚のところにも取材があるらしい。


 また、星名に帯同していった記者もいるようだ。


 イギリスにはプレミアリーグ取材を中心に活動している日本のサッカーライターもいる。彼らも星名への取材をしていくだろう。


「来週には体育館で共同記者会見をするのだから、そこまで待ってもらうしかないね」



 周囲に人がいなくなったので、鈴原は初戦の相手となる神戸海洋に挨拶に行くことにした。


 強い弱いという観点は別にして、大抵のチームは3年がキャプテンであるし、神戸海洋もそうだ。2年の鈴原の方から行くべきであろう。


 神戸海洋のキャプテン山崎守人やまざき もりとが地元テレビから取材を受けていた。


『この対戦結果を受けてチームと話をしましたか?』

「いや、まだしていないです」

『どのような話をしますか?』

「何とか9失点でとどめよう、ですかね。いくら相手が強いといっても、僕らも県代表なので二桁取られると他チームに申し訳が立ちません」

『……善戦を期待しています』


 さすがにこの質問に対して「そうですね」とは答えられない。


 回答に窮した取材陣は、苦笑しながら周囲を見た。鈴原と目が合う。


「あ、鈴原君、どうぞ」


 挨拶するところをカメラに収めようと思ったのだろう、スペースを空けて招き入れる。鈴原は近づいていき、右手を差し出した。


「高踏の鈴原です。よろしくお願いします」

「神戸海洋の山崎です。よろしくお願いします」


 握手したところで、フラッシュが何回か焚かれた。



 山崎と二、三、話をして別れた後、鈴原は首を傾げた。


「そういえば、うちの地元は全く来ませんね」


 それぞれのチームに地元メディアがついてきているが、鈴原と真田の周囲にはいない。


「向こうは我々しかいないのを知っているし無駄なことをしたくないんじゃないか?」

「なるほど……」

「あいつら、贅沢なんだよ」


 真田は吐き捨てるように言った。

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