12月3日 12:30 飛行機内

 優勝から一夜明けた。


 シドニーのホテルで祝勝会を開いた日本代表だが、のんびりしている時間はない。


 7時に起床するとそのままシドニー・キングスフォード・スミス国際空港へと向かう。11時台の便で移動という慌ただしいスケジュールだ。


 しかも、その間の時間も無駄にしない。移動のバス内でも峰木はインタビューに応じているし、空港についてからも取材に応じている。


 選手達も一言、二言求められて応じている。


「大変だ……」


 合間を縫って瑞江がぼやくと、協会のスタッフが「飛行機の中は大丈夫だから我慢してよ」と苦笑しながら宥めてくる。


「いや、あんな狭い飛行機の中でまで取材されたら敵わないんだけど」


 瑞江の言葉にスタッフが「フフフ」と笑った。


「それは大丈夫。今回の結果を受けて、帰りはビジネスクラスだから」

「おぉっ!?」


 瑞江だけでなく全員が飛び上がるような反応をした。


「優勝までしたからファーストクラスに乗せたいところだけど、座席数が足りないから全員ビジネスクラスに昇格ということで、帰りはゆっくりしてもらうといいよ」

「やったー!」


 全員が飛び上がって喜ぶ。


 疲れている中で、エコノミーに長時間拘束は辛い。


 ビジネスならすべてが解決というわけではないが、大分マシになるだろう。 



 12時前、定刻で飛行機はシドニーを発ち、成田へと向かう。


「そういえば選手権の組み合わせってどうなっているんだっけ?」


 席に着いた高幡が尋ねた。


 この後、成田についたらチームは解散だ。


 そこからはそれぞれのチームに分かれて高校選手権を戦うライバル同士となる。


「まだ決まってないみたいよ。この大会があるから、今週の水曜日まで遅らせたんじゃなかったかな。特集号とかも今週末発売なんだって」


 陸平が答える。


 特集号は通常12月の頭に発売されるが、今回はリザーブも含めると代表選手が17人もいる。


 それらの結果を踏まえてから発売されるということのようだ。


「そうか。道理で誰からも対戦相手の連絡がないと思った」

「といっても、抽選の注目って結局、武州がどこのグループに入るかってことだろ?」


 七瀬の言う通りではある。


 トーナメント表では昨年のベスト4は自動的にシードされ、準決勝まで当たらないようになっている。つまり北日本短大付属、洛東平安、高踏と浜松学園はベスト4までは当たらない。


 今回の代表チームの中で唯一外れるのは武州総合で、場合によっては二回戦でシードチームと当たることも考えられる。


「インターハイでは二試合省略して文句を言われたから、今回は1回戦からでいいよ」



 陽人はそんな話を聞きながら、携帯電話を開いた。


 結菜からのメッセージがあるので開いてみる。


『今回の大会マネージャーから大会前に兄さんと一緒に食事したいって連絡あったよー』


 思わず机に頭をぶつけそうになる。


『ワールドカップ優勝監督と恋愛御法度のアイドルがクリスマスに禁断デート! って、週刊誌に出たりするのかもね。有名になると悪い人とか一杯近づいてくるって言うし、数年後には没落人生辿っているかも』


 言いたい放題であるが、ある意味結菜らしい。


『断っておいてくれ』


 と、だけ返信を返して溜息をつくと、後ろにいた園口が声をかけてきた。


「何かあったのか?」

「結菜からの馬鹿メールに返事していただけだ」


 それで大体の状況は察知できたのだろう、園口も苦笑した。


「しかし、去年から驚きすぎて不感症になってしまっているが、考えてみれば結菜ちゃん周囲も滅茶苦茶凄いんだよな。去年の積み重ねがあるとはいえ、レギュラーあらかた抜かれたチームが控えと1年だけで県予選勝ち抜いたんだから」

「まあ……」

「陽人がいなくなっても、結菜ちゃんと我妻ちゃんとで何とかなりそうだ。そんな環境、入学した時には想像すらできなかったよ」



 話をしていると、携帯に別の連絡が入った。


 結菜の返事かと思ったが、コールズヒルの関係者だ。「成田に着いたら連絡してほしい」というものらしい。


「何かあったのか?」

「多分、五樹のことじゃないかな」

「五樹?」

「……コールズヒルと、あそこの監督が持っているスペイン2部のチームは運営母体が一緒で、そのチームが五樹に大分関心があるらしい」

「おお、2部とはいえスペインからのスカウトか」

「しかも、できれば来年から来てほしいらしいと。1年間は学生兼練習生として生活して18になったら契約するということらしい」

「マジか? 五樹は知ってんのか?」


 颯田の方を見ると、豪快に寝ている。


「まだ話していない。日本に着いたら言うつもりだったけど」

「聡太も来年は野球部の監督やるみたいだから、場合によっては2人抜けるかもしれないんだな」


 園口の言葉に今度は陽人が目を丸くした。


「え、そんな話は聞いてないけど?」

「あ、そういえば聡太もワールドカップ終わったら話すって言っていたわ。正直、1年が急激に伸びているから来年の聡太がキツいのも事実だし、競技も違うから陽人みたく出来るかは別として監督みたいな経験をやるのは悪くないんじゃないか、と」

「なるほど」

「最後かもしれないし、優勝したいよな」


 園口がポツリと言った。


 まだ2年ではあるが、今のメンバーで戦えるのは最後かもしれない。

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