12月2日 22:00 シドニー・スタジアム
インタビューが進む中、ボックス席では日本サッカー協会会長の古賀正人と技術強化委員長の谷恵一が勝利の余韻に浸っていた。
2人にとっては完全勝利と言って良い。緊急で任せたチームがワールドカップ優勝という快挙を達成したのだから。
「しかも、世界中で『内容も伴った勝利』と言われていますからね」
「本当に良かった」
ただし、協会の場合、勝てばハッピーエンド、めでたしめでたしとはならない。すぐに次の問題がやってくる。
「……来年のU17はどうしますか?」
翌年からU17ワールドカップは毎年開催となる。
年が明けたら、いや明ける前に新体制を決めて、次のメンバー候補を決めておく必要がある。
「峰木さんはともかく、天宮陽人は無理だろう」
「高校三年の時に、チームの監督してくれとは言えませんものね」
峰木については、元々引退していたところを引っ張りだしてきたから、次があるわけではない。
ただ、陽人は来年が高校3年。高踏高校の監督は続けるのだろうが、進路のこともあるからとても代表を任せるわけにはいかない。それでも任せるならば、高踏高校から21人選出することも認めるくらいでないといけない。
「峰木さんにしても、優勝まで味わって来年もう一回とは行きたくないだろうし」
「そうですよね」
峰木は「最後の御奉公として次の世代の育成を」という覚悟で引き受け、陽人に任せるという決断をした。
それで優勝というこれ以上ない結果も出し、覚悟に報われた。
にもかかわらず、「陽人がいなくなるけど、来年もう一度やってくれないか」というのはさすがに虫が良すぎる。
「まあ、早々に空いている人材から次を見出すことになるが」
「中々大変な仕事にはなりますね」
谷が苦笑する。
形としては優勝チームを受け継ぐことになるが、世代別なので来年のチームに今回のメンバーは1人も残らない。それでも、優勝に近い成績を期待されることになる。
「今年春の段階では、来年の方が期待できるという評価だったんですが、そんなことを言ってはプレッシャーになるだけですよね」
「うむ……」
現在のU16世代は、個別の世界大会で活躍したメンバーが多く、ファンや評論家の期待は高い。
それと比較されて、今回のチームは「谷間の世代」とも評されていたが、その世代がいきなり優勝である。こうなると次の世代はプレッシャーしかない。「期待できる世代である」といった言葉は使わない方が良いだろう。
「そういえば、今回優勝しても協会は叩く面々も結構多いですな」
谷の言葉に、古賀も苦笑する。先ほど、優勝してから検索してSNSの反応を調べていた。
総じて日本の優勝を祝する声で満ちていたが、一部の面々からは「高踏高校がいたから勝てただけで協会の育成としては失敗しているのではないか」という批判もあがっている。
「協会だけが育てるとでも思っているのだろうか、全く」
「リーグの批判も出ています」
「リーグ批判?」
「つまりまあ、煽りなのでしょうけれど『半分くらいのチームは高踏高校より弱いのではないか? こんなリーグで良いのか?』といった具合に」
「夏頃にあった天皇杯に特例として出すべきだ、と似たようなものか」
「そうですね」
「高踏高校より弱いことに文句を言うのなら、クラウドファンディングでもして選手をまとめて取るくらいの気概を見せてほしいものだが、ね。全く」
「そうですね。Bチームの選手でも戦術理解は高いわけですし。ただ、獲得するという点では我々JFAも彼らの獲得に乗り出すべきでは?」
谷の進言に、古賀は一瞬目を丸くした。
ややあって、「そういうことか」と得心する。
「幹部候補生として就職してもらう、ということか」
天宮陽人の戦術やコーチングを見ている彼らだが、さすがに全員が選手としてやっていけるということはないだろう。
ただ、高踏高校からなら有名大学に一般入試で入ることができるはずだ。選手としては難しくても将来の幹部やスタッフとしてなら十分にやっていける可能性がある。
今のうちから声をかけておいても損はないのかもしれない。
「分かった。そのあたりは谷君に任せるよ」
そう言って、古賀は苦笑交じりの溜息をついた。
「……やれやれ。年末もそうだが、来年はそれ以上に、日本中がこのチームに振り回されるかもしれないわけか」
スタジアムでは、監督とコーチのインタビューが終わりに近づいていた。
『ミスター・ミネギ。私達は来年の大会でもお会いすることができるのでしょうか?』
「いやいや、もう歳ですよ。来年は故郷で温泉に浸かりながらゆっくりと見ているつもりです」
『ハルトは?』
「来年は卒業のことやら、個人のことが沢山ありますので、僕もこっちのチームに関わるのは難しいと思いますね」
『それは残念ですが、仮に監督が変わったとしても、ファンは次の日本代表が貴方のチームから大勢選手を連れてきて、また新しいサッカーを試みることを期待しています。これについてはどうでしょうか?』
「それも新しい監督さんの考え次第ですね。高踏高校の方から、『この選手を選んでくれ』なんて言うことはないと思います」
『優勝監督のトシオ・ミネギ、コーチのハルト・アマミヤでした! 2人ともありがとうございました』
優勝インタビューも終わり、スタジアムでのスケジュールは終了した。
「さて、我々も忙しくなる」
この後は記者会見も含めた優勝インタビューと、宿舎でのパーティーとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます