11月28日 21:30 メルボルン・スクエアスタジアム会見室

 続いて、日本側の記者会見が始まった。


 準決勝の時には数人しかいなかった日本人記者が15人ほどに増えている。


 そのうちの1人が立ち上がった。英語で質問をする。


『決勝進出おめでとうございます。日本代表が全てのカテゴリーを通じてワールドカップ決勝に出るのは2度目ということになりますが……』


 峰木がさえぎって、落ち着いた様子で指摘する。


「日本代表というなら、なでしこが2011年と2015年に決勝に行き優勝もしています。それに女子のアンダーカテゴリも何度も決勝まで進んでいます。それを無視するのはいただけませんね」

『し、失礼いたしました。男子としては2度目となりますが、今の気持ちをお聞かせください』

「もちろん非常に嬉しいですし、さすがにここまで来られるとは思っていませんでした、というのが正直な気持ちですね」

『今日の試合を振り返ってもらえるといかがでしょうか?』

「我慢を強いられる試合でしたね。選手達がよく頑張ってくれたと思います」



 まだ何か続けたそうだったが、周囲の記者が少し苛立った様子を見せる。


 ペーパーを見ながらの英語の質問で、しかもあまり突っ込んだ内容でもない。それが不満のようだ。空気を察した司会がイギリス人記者を指名した。


『決勝進出おめでとうございます。ただ、同時に気になるシーンもありました。トカリの負傷はどうでしょうか?』

「残念ながら決勝に出ることは難しいようです。ただ、残り1試合ですので、残る選手に一致団結してもらい、頑張ってもらいたいと思っております」

『皆さんが聞きたいと思っている質問をします。多くの人はスペイン戦を見て、今日の日本が再び世界を驚かせる戦術を採用することを期待していました。残念ながら見ることはできませんでしたが、これは今日の布陣ではできなかった、と見て良いのでしょうか?』



 ここで陽人が回答する。


「できない、ということはないのですが、スペイン戦ほどのレベルではできないと思いました。戦術にこだわるより、今日のメンバーで日本のコンセプトをもっとも実現できる方法を追求した結果、ポジションチェンジを行わない布陣で行くことにしました」

『戦術よりもコンセプトを優先した、ということですか?』

「そうです。実際、ボールキープもプレッシングも申し分ないレベルでできていたと思います」

『メキシコはここまでの試合は前から来ていましたが、今日は非常に引き気味でした。日本の戦術を警戒していたと思いますが、これは予想していましたか?』

「イエスかノーで答えるならノーです。試合中通じて引いてくる展開は予想していませんでした」

『その相手に中々点が取れませんでしたが、これは何が原因でしょう? ホシナとオガタの2人についてはどのような感想をおもちでしょうか?』


 星名と緒方がグループステージ以来の登場となったことを「おや?」と受け止めた者は多いのだろう。何人かが頷いている。


「どんなチームでも点が中々入らない時はあります。もちろん、少しずつズレなどが出ていたと思いますが、これが選手によるものか、試合の流れがそうなってしまったのかについては何とも言えません」

『決勝についてもお聞かせください。スペイン戦で出ていたメンバーのうち、前で出ていたのはイナキのみです。他の選手は途中出場かまるまる休みでしたが、決勝では彼らが出て来るのでしょうか?』


 スペイン戦のメンバーが決勝では出て来るのか。


 裏返せば、決勝では再びあの戦術が見られるのか、という質問にもなる。


「現時点では何とも言えません。まず、私達は次の試合のためにメンバーを温存していたわけではありません。スペイン戦も厳しい戦いでしたのでコンディションの苦しい選手が大勢おりました。彼らを起用することはとても無理だったので、別のメンバーの出番が増えただけです。今日プレーしていた選手達が準決勝における日本のベストメンバーだったということです」

『ということは、決勝戦でもコンディションその他を判断したベストメンバーを出す。それがどのようなメンバーかは、まだ分からない。ひょっとしたら、これまでの6試合と違うメンバーであることもありうる、ということですか?』

「おっしゃる通りです」


 記者達は少し残念そうな顔をしつつも、頷いてメモをとっている。



 スペイン系の記者に質問者が変わった。


『決勝戦のメンバーについてもう一度聞かせてください。といいますのも、サッタは7点をあげていて得点王の可能性が残っています。同じ7得点のエステバンが3位決定戦に出ると思いますので、サッタは出るのではないかと思いますがどうでしょう?』

「出したいとは思います。ただ、状況によっては出せないかもしれません」

『コンディション不良を押してまで出さないということですね?』

「そうですね。無理に起用した結果、颯田が悪くてチームもダメだった場合、僕と彼はオーストラリアで雇ってくれるチームを探すしかなくなりますので」


 変なことをして負けたら国に帰れなくなる、というジョークに何人かが笑う。


『決勝の相手はアルゼンチンです。現時点で情報や印象を持っていますか?』

「アルゼンチンというチームに関して言えば、ディエゴ・マラドーナやリオネル・メッシといったサッカー史でもトップクラスの選手がいた伝統ある強豪チームで、A代表のディフェンディングチャンピオンという認識です。ただ、この大会に出ているアルゼンチン代表については調べる余裕がありませんでした。これからチェックすることになります」


 そこで記者が時計を見た。そろそろ時間ということのようだ。


『良い試合を期待しています。ありがとうございました』

「いいえ、ありがとうございました」

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