11月28日 21:12 メルボルン・スクエアスタジアム会見室
試合終了のホイッスルとともに、日本ベンチから選手達が一斉にピッチに走っていった。
しかし、スタッフ達はそうもいかない。まず峰木がチームドクターに電話をかける。
会場には当然ながら検査施設がないので、メルボルン市内の病院に向かっている。
そこで検査をしているはずだが……
少し話をして、電話を切った。
「まだ検査待ちのようだ」
「そうですか」
気にはなるが、ここで気にしていて結果が変わるわけでもない。
インタビュアーが峰木のところにかけつけてきたので、陽人はピッチ内の輪の方に近づく。
輪になって騒いでいたメンバーも、近づいてきた陽人を見て騒ぐのをやめる。
星名が尋ねてきた。
「あいつのケガはどうなんだ?」
「まだ検査待ちだって、さ」
「そうか……」
と言って、星名は近くで騒いでいた上木葉に視線を向ける。
「おまえは全然大丈夫そうだな」
前半途中で同じくファウルを受けて痛めて、ハーフタイムで負傷交代ということになっていた。
今は飛び回っているから、こちらは全く問題ないように見える。ただ、試合終了後に緊張状態が解けて、痛みが増す可能性も否定できない。もう少し様子を見る必要はあるだろう。
5分ほど騒いで一段落したところで選手達は観客のところに挨拶に向かった。
陽人は峰木のところに戻る。ちょうどインタビューも終わっていたようで、また病院と連絡しているようだ。
その表情が険しくなる。
「そうか……。分かった」
そう言って、電話を切った。
「レントゲン検査をしたところ膝や関節には問題はないようだが、脛骨にヒビが入っているようだ。一ヶ月前後はプレーできないということらしい」
「一ヶ月前後……」
そうなると、決勝はもちろん、日本に戻ってからの選手権の出場にも影響してくることになる。
「細かい具合は明日以降判断となるが、何とも残念だ」
「……まあ、仕方ありません。もっと大怪我もありえたことを考えれば……」
そう思うしかなかった。思い出すのは昨年の西海大伯耆の大野だ。五輪代表で活躍していたが、選手権では疲れていたようで本来の力を出せていなかった。
今年は自分達がそうなってしまいそうである。
全員控室に戻ったところで、改めて状況を説明する。
「真治は骨にヒビが入っているらしい。逆立ちしても決勝戦の出場は無理そうだ」
「そうか……」
「もちろん、ベンチには入ってもらうつもりではいるけどね。まあ、泣いても笑っても最後の試合だ。全員、力を出しつくすつもりでいてほしい、以上」
「もちろん!」
選手達はこれで解散だ。
しかし、峰木と陽人には、共同記者会見の席に向かう仕事が残っている。
これまでと同様、まずは敗軍の将が会見に応じている。
メキシコのアントニオ・ベラルサ監督は悄然とした面持ちで応対していた。
「選手達の疲労が予想以上のものだった」
敗因を端的にそう分析する。
『それはここまで固定した起用だった影響もあるのでは? もう少しベンチワークを柔軟に行えなかったのでしょうか?』
中々辛辣な質問が飛んでいるが、確かにメキシコはほとんどスタメンを変えなかった。それで6試合目はさすがにきつかったのだろう。
「試合前のコンディション数値には問題がなく、プレーさせることに問題はなかった。ただ、選手達の頭の中に日本がスペインに勝った試合のことがどうしてもあったのだろう。前に出て取り合うだけの力も策もなかったから、自然と後ろ側に構えてしまった」
『その結果としてメキシコらしいサッカーが全く見られませんでした。見ている側は不満だったと思います。確かに日本がスペイン戦で見せたプレーは物凄いものでしたが、結局、日本はこの試合ではやってきませんでした。にもかかわらず、後ろに籠り切りで何もできなかったというのは大いに不満です。結局、何の手も打てず疲れた選手でひたすら守っていただけで、見ている側にはどうしても疑問が残ったと思います』
「……もちろん、敗戦の責任がベンチにあることは間違いない。その点では私の責任を痛感している」
「厳しいね……」
峰木が苦笑している。
陽人も同感だ。勝てたから良かったが、負ければ同じように糾弾されていたのかもしれないし、選手起用もやはり色々言われただろう。その場合、「選手の疲労を避ける起用をしていましたね」などという評価はありえないだろう。「残り2試合なのにどうしてベストメンバーを出さなかったのか?」という非難一色になったはずだ。
いや、勝った今でも、そうした疑問はあるかもしれない。
「決勝はやらないと文句が飛ぶだろうね」
「そうですね。ただ、コンディションがきちんと整うか……」
この試合が休みだった園口や楠原は大分状態が良くなるだろうが、反面、連戦が続く立神や稲城はいくらタフでもかなりキツイ状態になっているはずだ。
戸狩のように負傷離脱してしまった者もいるし、6試合を戦い抜いて、全員が万全であることはありえない。
そうした中から少しでも状態の良い選手を起用するしかないが、そのメンバーで今やニンジャシステムで定着した戦い方ができるかは、まだ不透明である。
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