11月29日 17:53 高踏高校クラブハウス
代表が海外でワールドカップを戦う間も、高校サッカーの日程は進んでいる。
リーグ戦最終盤に入った土曜日の試合に向けて、グラウンドでBチームと1年組が試合をしている。
それが終わり、17時30分からミーティングである。
「はい! 皆さん注目!」
この日の夕方、結菜が視聴覚室に全員を集めた。
日頃の会議室でないことに不思議そうな顔をしている者もいるが、対戦相手の映像でも見るのかもしれないと構えている者はいない。
「週末から12月にかけてリーグ戦残りの3試合があります。代表が解禁したので例のシステム……新聞とかでニンジャシステムになっていますから、ニンジャシステムって言いますけど、我々もそれを解禁します!」
「おぉ!」
選手達が湧いた。
そもそも、練習を本格的にやりはじめたのは7月からで、その時には瑞江、立神、陸平は代表に行っていて不在だった。その間から地道に練習しているので、こと完成度だけで行けば、代表メンバーよりも高踏に残っているメンバーの方が上である。
だからこそ、県予選決勝の深戸学院との試合中、優勢に持ち込むために使いたいという意見もあったのだ。
その時は代表のことを考えて、使用をしなかった。
情報化社会である。誰かの動画から世界中に広まってしまう可能性がある。代表の武器として取っておいた方が良いだろうと考えたのだ。
代表がオープンにした今となっては、もう遠慮する必要もない。次の試合からどんどん使っていこうというわけだ。
「しかし! ニンジャシステムは完成なのか? ノー、ナッシング! ここはゴールではありません! そのためのビデオを用意しました」
結菜の合図で、辻がビデオのスイッチを押す。
何だろうと見ていた全員の目がいきなり点になった。
全員、サッカーの試合か練習が出ることを予想していたが、出て来たのは甲冑を来た侍や武士だったからだ。
どうやら歴史番組の特番のようだ。
武田信玄と上杉謙信が戦ったという川中島の戦いを解説している。
全員、一体何なんだという顔をしている。
もちろん、戦国武将の中でも武田信玄と上杉謙信は非常に有名であるし、その両者が戦った川中島の合戦も大半の者が知っている。
だからこそ、何故わざわざこんなものを見るのか、という疑問の表情が浮かぶ。
全体の疑問が広がる中、番組は進んでいく。
『上杉軍は車懸りの陣で武田軍を攻撃し、上杉謙信が武田信玄の本陣に侵入したと言われている』
「はい、ストップ!」
映像が止まり、続いて車懸りの陣の説明が画面に映る。
中央に大将がいて、その周囲を渦のように部隊が配置される。渦の先の部隊から、次から次へと円を描きながら攻撃していくことで、常に新しい部隊が攻撃に参加している、というものだ。
イメージ:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093085287162296
ここまで来ると、選手達も何となく理解した。
「もしかして、次はこれをやるわけ……?」
プレーが切れる度にポジションを一つずつ移すシステムについてはできるようになった。
では、その次の段階は、プレーが切れていなくても必要に応じて移る、ということになる。
しかし、そんなフォーメーションも戦術はない。そもそも、バレーボール式にスライドするニンジャシステムにしても、これまでで初の試みであった。その更に先を行くものともなるとイメージ対象すらない。
……はずであるが、天宮兄妹の執念だろうか。
近いものとして、上杉謙信の車懸りの陣を引っ張り出してきたのである。
「もちろん、選手権ではなく実践するのは来年以降になると思います。ただ、ここで重要なのは円の動きです。といいますのも、個人の動きとしては、直線的な動きより円の動きが強いと言われています」
ダンサーの回転軸や、力を産むための円の動きが強いことは広く知れ渡っている。
それほどフィジカルが強いように見えない神津洋典が滅法強くなったのも、回転の動きをうまく取り込んだからだと言っている。
「であれば、全体の戦術としても円の動きがあってもいいはずですが、サッカーのシステムで回るようなものは全くありません」
「効率悪そうだからな」
「でも、斜めの動きは推奨されますよね? 5レーン理論にありますが2つのレーンを交差することで複数の選手の注意を引いて、混乱させたり、別の選手への意識をそらしたりとか」
5レーンというのは、ピッチを縦に5分割するというものだ。
そのレーンに対戦相手のDFを置いていき、存在しないレーンを活用することで攻撃が機能的になるという理屈である。
サッカーをしている者なら、聞いたことのある理論だ。
「斜めが効果的なら円の動きも効果があるはずです。というのが、選手権終了後の目標になります」
司城が手をあげた。
「車懸りだと、真ん中に1人置いて、周囲を円に動いて攻めていくわけですよね? 真ん中は大変そうですが」
「大変というより、どんな動きになるのか予想もつかないんだが?」
篠倉の言葉に全員が頷いた。
結菜も頷く。
「確かにここは今まで通り全員が持ち回りということはできないでしょう。さしあたりは戎君、聖恵君、末松君あたりを候補として考えています」
「えっ、聖恵と末松?」
戎のポジショニングが秀でていることは全員が知っている。
しかし、練習にすら参加できていない聖恵と末松についてはかなり意外だ。
「彼らは半年以上身体を動かす練習はしていませんが、ポジションのシミュレーションはずっとしていますから、こうした動きも問題ないと思います。まあ、とにかく」
結菜はにっこりと笑った。
「今後の方向性として考えていますので、皆さんもイメージしておいてください」
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