11月28日 19:25 メルボルン・スクエアスタジアム

 準決勝当日。


 朝食の後、陽人は最後のミーティングを行った。


 試合開始は19時から。会場は幸運にもここメルボルンなので、移動の必要はない。



 とはいえ、その日程を有利に使えているかというと、そこまでの自信はない。


 前日練習もスペイン戦に出ていた者はコンディション回復にあてていたため、出場予定のメンバーを中心に軽めの調整を行っていただけである。


 ここまで既に5試合を行っている。起用をある程度分散させているとはいっても、万全の者はいない。それは相手にしても同じだろう。ここまで来れば、サッカーの質や技術はもちろんのこと、体力と気力がどこまで続くかにもよる。


 従って相手の対策もそれほど行えていない。


 もちろん、メキシコのチームスタイルは前日までに研究している。


 A代表と同じく、メキシコU17も個人技が高く、ショートパスを主体に小気味いいサッカーを展開する。更にここまで大会得点王となる7ゴールをあげているCFのマヌロ・エステバンは左右両方でシュートが撃て、175センチという背丈のわりに高さもある。



 印象としてはそのくらいだ。


 総合力としてはスペインの方が上なのは間違いない。


 しかし、その情報に安心したり油断したりする危険性がある。


 だから朝の段階でメンタル的に安心しているなら取り除こうと思ったが、それは要らぬ心配だったようだ。


 スペイン戦のメンバーとはほぼ総入れ替え、連続して出ているのは稲城、立神、佃の3人のみである。グループステージ以来となる星名と緒方は当然ここに照準を合わせてきているし、準々決勝に出ていない垣野内、角原、原野も明らかに気合が入っている。



スタメン:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093084903303299



 午後になってから会場に入った。


 メンバー表の交換が終わったところで、ブリスベンで先に行われていた準決勝第一試合でアルゼンチンがナイジェリアを2-1で下したという情報が入ってくる。


 勝てば、アルゼンチンとの決勝。


 負ければナイジェリアとの3位決定戦となる。


 ただし、あまり意識させるのも得策ではないと陽人は考えた。


 日本代表の男子チームが国際大会で決勝に行ったのは過去に2度しかない。1999年にナイジェリアで開催された当時のワールドユース(現U20ワールドカップ)と、2001年に日韓で開催されたコンフェデレーションズカップ、いずれも今回のメンバーが生まれる前のことである。この事実で考えると非常に重い。それが足に負担となると良くない。


「とにかく、これまで通りしっかりボールを繋いで、積極的に前に出るサッカーをしよう」


 試合前にかけた言葉はそれだけにしておいた。




 19時ちょうどに試合が始まった。


 中盤でのボールの奪い合いを想定していたが、開始すると同時にメキシコがかなり深めのポジションを取った。


「ありゃ?」


 試合前日までにチェックした試合映像ではメキシコはグループステージからここまで全ての試合でイケイケのラテンサッカーを展開している。


 出場しているメンバーは準々決勝のコロンビア戦から1人変更があったのみで、同じメンバーでここまで違うサッカーをするのかと驚くが。


「……メキシコは日本がスペイン戦と同じことをしてくるのか、警戒しているのかもしれないね」


 峰木の言葉に、ある程度の納得を得た。確かに、メキシコは日本のボール回しとポジショニングを確認している節がある。


 スペインのように打ち合って、ローテーション布陣の前にパニックに陥ることを恐れているのだろう。



 ならば、恐れているうちに圧倒したいところだが、今日の布陣ではさすがにローテーション戦術はとれない。


 稲城の位置を動かして、何かしらやっていると思わせることも考えたが、試合前に話していないことをいきなり実行するのは大変だろう。


 メキシコはそのうち気づくだろうが、できないものは仕方がない。陽人は指示を出さずにそのまま戦況を見守る。


 相手が引いてしまったので、日本は当然ボール支配率が高くなるが、深い位置に人数を集めて固めているメキシコを崩すのは中々至難である。コンディションの良さそうな星名、緒方の両名は何とか打開しようと個人技やワンツーで挑んではいくが、決定機までは作れない。



 そうこうするうちに10分が経った。


 メキシコのアントニオ・ベラルサ監督が「日本はスペイン戦のようにはやってこないぞ」というようなことを叫んだ。同時にもう少し前に上がれというジェスチャーも示す。


 しかし、メキシコの選手達は上がらない。


「……上がらないのか?」


 日本側ベンチで、陽人も峰木も首を傾げた。


 後ろを固められると厄介ではあるが、ほとんど前に出ないメキシコに怖さはない。相手のエース・エステバンは中盤でセットアップしたファイナルサードで違いを出す選手で、ラインの駆け引きから一気に抜け出したり突破するタイプの選手ではない。


「いや、上がれないのかな?」


 メキシコの選手達は全体的にだるそうである。


 無理もない、メキシコはほとんどメンバーを変えていないので、半分の選手はこれが6試合目である。一旦後ろに引く形でペースが固まった後、再度動かすほどの体力的な余裕がないようだ。少なくとも前半は一度作ったペースに甘んじてしまうつもりらしい。


「そうすると、この間に何とか点を取りたいが……」


 メキシコは後ろに下がる分、守備には注力している。


 日本が崩し切れず、ファイナルサードでタイミングが合わなかったり、難しいシュートを打つシーンが続く。


 前半25分を回った。


 スコアは0-0のままである。

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