11月25日 17:53 キャンベラ・スタジアム
後半25分を回ったところで、日本も同時に二枚替えを遂行した。
楠原に替えて高幡、この試合4点を取った颯田に替えて七瀬を投入する。
同時に忍者フォーメーション……ローテーションシステムを解除する。
戦術的な優位性が失われると、日本は個人能力では下回っているし、後がないスペインが仕掛けてくるため劣勢の展開が増えてくる。
ただし、精神的には3点リードしている日本が優位だ。ある程度余裕を持ちつついなしている。
29分、スペインが右からのコーナーキックを得た。長身の選手が入ってきて、ピーチョがボールを蹴る。
ニアにいる長身のリュケに合わせたものだったが、鹿海が手を伸ばしてパンチング、ボールを外にはじき出す。
それが測ったように戸狩の前に落ちた。
戸狩はそのままドリブルに入った。チェックに入ったルシアンをスピードでかわし、ハーフウェーを超える。七瀬が並走してマーカーを惹き付ける間、戸狩が進む。
『戸狩が前に行きます。戸狩、更に進むぞ』
カウンターに備えていたフリュアカをかわして一気に前進したあたりでスタジアムのボルテージが上がっていく。
『戸狩がドリブルで進む! 前に行く! 前に行く! キーパーをかわしたぁ! そのまま蹴り込んで6点目! 日本、決定的な6点目を戸狩真治の70メートルのドリブルで奪いました! これが戸狩真治、これが日本のスーパーサブの真骨頂です!』
30分近くになって再び4点差。
スタジアムにいる観客が大喝采で騒ぎ出す。
それでもスペインは35分に再びフリーキックを得て、ピーチョが左足で叩きこむ。
「……鹿海って、もしかして壁以上じゃない感じ?」
沢元の言葉に陽人も苦笑するしかない。先程は仕方ない失点であったが、今回のはコース的にやや甘かったのに全く届いていない。
3点差となって残り10分。
スペインは懸命に体に鞭を打って動こうとするが、交代選手以外は軒並みへばってしまってついていけない。
とはいえ、日本も限界に近い。
お互いに前に向かう意識に、体力がついていかないようなパスの応酬となり時間が過ぎていく。
なるべく平静でいようとする陽人も、30秒に1度の割合で時計の方に視線を向ける。試合終了に向けて近づく時計をじっと見つめている。
44分が過ぎ、ロスタイム6分の表示がなされた。
長いとは思ったが、さすがにスペインももう体力がない。2人繋がっても3人目が走る余裕がない。とはいえ、日本も疲労は濃い。稲城がプレーを切るために40メートル以上あるシュートを2本続けて打つようなシーンもある。
観客は日本の勝ちを確信したのだろう。試合そっちのけで騒ぎ出し、紛らわしく笛のようなものまで鳴らし出す。
ロスタイム所定の6分が近くなった。林崎がバックパスを送ったところで笛が鳴った。
「よっしゃあ!」
鹿海がボールを取ってガッツポーズをした。
その正面に、渋い顔をした主審がいる。笛には全く手をかけていなかったが、鹿海を指差して笛を吹く。
観客席からの笛を勘違いしてボールを取ってしまった。バックパスを手で確保したのでスペインの間接フリーキック。ペナルティエリアの中、ゴールから10メートルほどの距離だ。
「いや! 反則じゃなくて誰かが笛を鳴らしたから!」
鹿海が駆け寄って抗議するが、主審は聞く耳なしと振り払う仕草をする。鹿海は尚も食い下がろうとしたが、佃に宥められて仕方なく離れていく。そんな鹿海に対して主審は時計を指差した。「これが最後のプレーだ。2点差か3点差の違いだし諦めろ」と言わんばかりだ。
これで終わりだろうと思いつつ、日本は全員がペナルティエリア内に入った。
ボールの少し前に8枚の壁を作る。それ以外の2人が多少外れたところに立つ。キーパーの鹿海がどちらも反応できるところだ。
スペインはボールのそばにルシアンが立ち、離れたところにピーチョが構える。
主審の笛とともにピーチョが走りだした。ルシアンが少しだけ出して蹴り込むだろうと思って壁が構える中……
ピーチョはそのままボールを外に蹴りだした。
「……?」
全員が「何で?」と呆気に取られる中、鹿海に言ったとおりに主審が試合終了の笛を吹いた。
瑞江がピーチョに近づいた。
「何で蹴らなかったんだ?」
「カッコ悪いだろ」
「そうか?」
「同点になるなら蹴ったさ。美しくなくても汚くても歯を食いしばって勝ちを目指すのがマドリディスモだからな。でも、決めても2点差、ラストプレー、しかも不当な判定。勝てないことが分かったら、勝者を称えるのが美学ってもんだ」
「決めたら得点王の可能性もあったのに勿体ないな」
「端から味方に譲っている奴に言われたくないよ」
そう言ってユニフォームを指差した。
瑞江も頷いて、脱いで交換に応じる。
ルシアンは日本ベンチの颯田に向かっている。その他の選手も稲城や陸平を捕まえ、交換していた。
※マドリディスモ……マドリードの某白いチームが最後に勝った場合に使う言葉。アトレティコには使わない。ドイツが強い時に「フットボールとは11対11でやるスポーツで最後にドイツが勝つものだ」というリネカーの言葉を持ち出すのと似たようなもの。
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