11月25日 17:21 キャンベラ・スタジアム
失点とほぼ同時に陽人は戸狩にアップを命じた。
チーム全体の動きとしては、落ちてはいない。ただ、瑞江と颯田がマークされることで攻撃は窮屈になっている。
攻撃の3枚目を入れて活性化させたい。
そのまま試合はしばらく膠着状態となる。14分を回ったところで、戸狩と園口の交代を申告し、戸狩がピッチサイドに並ぶ。
そこでスペインがボールを持って攻め上がってきた。モラレスがルシアンを止めようとしてボールを奪ったように見えたが、押してしまったということで反則を取られた。
ゴール前正面、絶好の位置でスペインがフリーキックを得た。
予定通り交替すべきか、このセットプレーは現有メンバーで乗り切って、次にプレーが切れるまで待つか。
陽人は右手を回した。そのまま交替、という合図だ。笛が鳴って園口が戻ってきて、戸狩とハイタッチをしてベンチに帰ってくる。
「お疲れ」
園口に声をかけた。
「ああ、疲れた」
園口はそう言って、どっかりとベンチに座った。
一方、第3キーパーの沢元は壁を作り出す鹿海を見ながら、けげんな顔で尋ねてくる。
「セットプレーが終わってから変えた方が良かったんじゃないか?」
「何で?」
「いや、こういう時、変えると流れが悪くなるって」
「……流れなんて目に見えないからな。仮にカウンターのチャンスになった場合、疲れた耀太とフレッシュな真治とではどっちが得点をとりやすい?」
「それはまあ、戸狩がいる方だな」
「仮にそのまま決められたとしても、先に入れておいた方が少しでも試合に入れる。実のところ、ここはそのまま決められそうな気がしてならない」
外れてほしいんだがなぁ、と陽人は頭をかいた。
鹿海は壁を6枚立てた。
ボールのそばに立つのはキングス・マドリーの2人ピーチョとルシアンだ。左ならピーチョ、右ならルシアンだろうが、ほぼ正面なので予想の立てようがない。
戸狩と颯田がカウンターに備える位置に陣取り、瑞江が両者にパスを出せるあたりにポジションをとる。
笛が鳴った。ピーチョがダッシュしてそのまま左足を振り抜く。
矢のようなシュートが僅かに内に巻き、ゴールの左上の枠を抜けていく。
4-2。
ピーチョは大会5点目。
星名、颯田とメキシコのエステバンに並んできた。
『うわー、2点差だ。スペインはやっぱり強い』
『でも、峰木と天宮は何でセットプレー前に交代させたんだ? こういうのは終わった後変えるのが常識だろ』
『今日の日本に常識なんてないだろ。どっち道、今のFKは止められなかったから関係ないんじゃないか?』
日本のキックオフで試合が再開する。
スペインは後半、フルスロットルと抜く時間帯を連続させている。
点を取った直後なので一回抜くかと思われたが、そのまま前に出てきた。明らかな日本ボールのシーンで激しく来るのは後半初めてだ。
それが功を奏したか、代わって入った戸狩のところでボールがこぼれた。
中盤のフェルナンデスが拾ってすぐに前線を狙うがそこに陸平が入ってきてパスカットした。陸平から受けた瑞江がスペインのディフェンスラインの後ろにスルーパスを狙う。もっとも馴染んだポジション……右ウイングにいる颯田が中央に突っ込んでくる。マークしていたソレイタがついていたが、颯田の方が一歩前に出ていた。
ボールを受けた颯田は右から抜く構えを見せた後、一気に左に進路を変えた。GKのガルティアノが伸ばす手の先を進み、そのまま左足でシュートを打つ。
『入ったぁ! 日本、後半17分に追加点! 瑞江のスルーパスに抜け出した颯田が見事に決めて5-2! 颯田は今日4点目!』
陽人は峰木と小さく握手をかわした。
予想した形とは異なっていた。戸狩を入れて攻め手を増やす予定が、マンマークを受けていた瑞江と颯田のプレーで追加点だ。
「スペインは焦ったんだろうなぁ」
陽人の感想だ。
スペインは後半全力を出し切って走っていた。追いつく追いつかないというより、目の前の日本の上を行くということを意識していただろう。
その結果、試合が2点差という現実味のあるスコアになった。
追いつけるかもしれないが、後半ひたすら飛ばしているので体力的には不安だ。だから早く1点差にしたいという欲が生まれてつい動き過ぎた。飛ばせる選手がいた一方で飛ばせない選手も出てきた。
瑞江をマークしていたトーレスと颯田をマークしていたソレイタは、攻めはもちろん全力で走っているし、守備の時にもマンマークをしていて負担が一際大きい。
この一瞬、追いきれなかったのだろう。
モイセスは一瞬頭を抱えた後、すぐに交替を告げた。
ベンチから3人出てきて一斉にサイドラインに並ぶ。
後半20分、スペインはコレーロ、ソレイタ、フェルナンデスを下げて、エスクエロ、デルキサ、ロハスを投入してくる。
スペインが交代枠を全て使い果たしたのを確認して、陽人も残りのメンバーにアップを始めるように伝えた。
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