11月25日 17:10 キャンベラ・スタジアム

 やはり、そう来たか。


 陽人はスペインの鋭い攻めを見て、そう思った。


 自分がスペイン代表側の監督だとしても、ほぼ同じ策を取っただろう。


「要は、想定した形と違って見えるから焦りが出るわけで……」


 個々人の実力はスペインの方が明らかに上だ。


 想定と違って見えることで焦りが生じるのなら、見なければ良い。


 極端に喩えるならブラインドサッカーの気分で、相手の気配だけ感じてベストのプレーをすれば良い。スペインの個々人がそれぞれベストのプレーで普段通り回していけば、日本の選手がボールを取るのは容易ではない。




 ハーフタイムのことを思い出す。


「どうかな? 中盤の形を整理して追加点を狙う方が良いのではないだろうか?」


 と、峰木が提案してきた。


 陸平や稲城のポジションを固定して、キーとなりそうなスペースを死守してカウンターを狙う。


 間違ってはいない。いや、賢明な策とも言える。


「ただ、主導権を譲り渡すと一気に持って行かれる可能性がありますからね……」


 こと高踏のAチームに関しては、主導権を取られた試合というものをほとんど経験していない。強いて探すなら昨年の準決勝の深戸学院戦だろうが、その試合にしても深戸学院はボール支配を諦める形で対策をとっている。


 スペインにボール支配を任せた場合、逆に一気に崩れる危険性がある。


 特にCBは林崎とディエゴ・モラレスで、GKは鹿海である。しっかり守ってカウンターのうちの”しっかり守る”を担保してくれないメンバーだ。


 だから、陽人はこう声をかけた。


「後半のスペインは本気になってくるだろう。そうなると向こうはウサギだ。俺達は亀かもしれない。ただ、俺達は4点リードしている。向こうが4点取るとしても、その間にこちらが2点取ればいい。更に2点取ってくるなら1点取って前に進み続ければ、45分なら向こうは追いつけない」




 試合の進め方には迷いはない。


 ただし、交代とフォーメーションを続けることには迷いがあった。


 続けるうえでは中のスタミナが問題になる。


 それでも1人目の交代は戸狩であり、彼は慣れているから問題はない。


 しかし、2人目以降は問題となる。その次に慣れているのは高幡か上木葉となるだろうが、今のスピードを維持することはできない。気持ちではあるが、落ちる。そうなるとスペインは更にやりやすくなるだろう。


(この2人を出す場合は、とりやめた方が無難かもしれない)


 前半にも考えた選手達の疲労面との勝負になってくる。



 スペインは最初2、3分強烈に攻めた後、少し小休止をとるべくボールキープを放棄している。


 瑞江と颯田にマークをつけて、後はある程度対処療法的に守るつもりのようだ。


 なので、園口や楠原がチャレンジできそうなシーンがある。


 ここは園口が仕掛けたが、シュートがブロックされた。コーナーキックになる。



 セットプレーになると、瑞江はゴール前に入ることはない。


 モラレスや稲城に任せて、中盤あたりの位置からこぼれ球の展開を狙うポジションにつくことになる。同時にボールを取られてカウンターとなった時にはピーチョをマークすることになる。


「取ったら7番の頭越しにサイドへ出すぞ!」


 フェルナンデスが叫ぶ声が聞こえた。


 自分の頭越しのサイドのスペースがどれくらいあるのか、瑞江が後ろを確認すると。


「おまえ、スペイン語分かるのか?」


 ピーチョが尋ねてきた。フェルナンデスの言葉にすぐ反応したので、会話を理解したと判断したようだ。


「少し。昔、アメリカでヒスパニック系の連中とサッカーしていた」

「じゃあ、プレミアでもリーガでも一番良い条件のところに行けるってわけか」

「誘いがあれば、な」

「あるだろ? ここまで戦術的動きが出来てパスもシュートもできる奴なんて中々いないぞ……っと!」


 立神がコーナーを蹴った。ファーサイドに出たボールをアルアバレーザがヘッドで出し、おあつらえ向きにフェルナンデスに出る。


 2人が同時にスタートしたが、宣言通りにサイドライン側に蹴ってくれたので瑞江としては楽だ。先に回ってセーフティに外へと蹴りだした。


「暗号でも作っておいた方が良かったんじゃないか……っと」


 既にピーチョは全速力で前に走っている。瑞江も慌てて追いかけ、その後ろから全力で走ってきたメリダが強いスローインを投じる。


 これも何とかピーチョの前でサイドに出したが、今度はピーチョがすぐにボールを受け取り即座に放り込んだ。これにはさすがに瑞江も反応できない。


 日本もスペインも猛然と走っている。ただし、反応はスペインの方が上だ。ルシアンとソレイタが先頭を走っている。もちろん、スローインなのでオフサイドにはならない。先にボールを取ったルシアンに稲城が迫るが、すぐに感じてソレイタへと出した。


 そのソレイタがシュートを打ち、鹿海の下を抜けてゴールに突き刺さる。



 ピーチョが「ふぅ」と息を吐いた。瑞江が疑問を投げかける。


「これだけの人数があれだけ走って最後までもつのか?」

「そうしないと点が取れないんだから、もつもたない関係なく最後まで走るしかない」

「……ま、確かにもっともだ」



 後半9分、スコアは4-1となった。


『後半のスペインは凄いな。死に物狂いで走っている』

『あのスピードで走ってちゃんと繋がるのも凄い。若年代だけど巧いよな』

『でも、最後までもつのか? 日本も大変なサッカーしているけど……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る