11月25日 17:03 キャンベラ・スタジアム
ハーフタイムの控室で、スペイン代表監督モイセスが映像を見せながら説明をしている。
ラテン系は個々人の自己主張が激しい。通常であれば、これだけの試合であれば物凄い言い争いになるものだが、全員が大人しく聞いている。
少なくとも、言い争いをしてどうにかなる相手ではない、と認識しているようだ。
モイセスも選手達のプライドを保つような言い方をする。
「当たり前だが、攻撃時には相手ゾーンの切れ目や境界を狙って動く。そうしたプレーやテンポをどれだけ速く把握できるかが、フットボールの才能の一つだ。そういう点ではおまえ達はこの年代では世界屈指の才能をもつ集団だ。しかし」
モイセスが出す映像は、日本のスピードに戸惑い、簡単に背後をとられるスペインディフェンスのシーンが映し出される。
「速く見極めるがゆえに、全体をスライドさせてテンポとスピード感と場所を次々に変える日本のやり方に嵌ってしまった。相手のスピードとテンポとして認識したものを次々アップデートされることで認識と現実に齟齬を生じ、後手に回った。それがやられまくった前半だ」
「だったらどうすれば?」
「認識を捨てるしかない。試合前に見せた映像その他、それらはもうないものとしろ。人間は誰だって状況を見極めて動くが、その認識は間違いなく狂う。であれば、チーム全体として0かフルパワーでプレーするしかない」
「チームが0か100……」
「認識するとするならば、ボールを持った時、日本は全員がイナキやムツヒラだと思え。日本がボールを持つ時は全員がミズエやタツカミだと思え」
相手のベストだけを考えてプレーすれば、日本がどの布陣だとしても上回ることができる。並のチームならばそんなこと自体できないが、世界最高クラスの才能が揃っているスペインが全身全霊でプレーすれば超えることは不可能ではない。
しかし、それは100メートル走のタイムを出すつもりで、長距離を走れということに等しい。監督の言う通り、0になる時間が出て来る。それもかなりの長い時間で、だ。
さすがに後半45分をそうし続けることは不可能である。
「ディフェンスの時はミズエにはトーレス、サッタにはソレイタがつけ。あの2人を押さえれば、休憩しながらでも日本の攻めに極端な脅威はない。ボールを保持したら、11人が一斉にスタートだ。チームのオンとオフの切り替えが非常に大切になってくる」
モイセスは大きく息を吐いた。
「もちろん大変だ。だが、もう一度はっきりと認識しろ。我々はスペインだ。監督の力の差はあるかもしれないが、おまえは世界最高になりうる選手であり、周りの10人も世界最高のチームメイトだ。全員でフルパワーを出して、まずは一つ返せ。4点のビハインドを一度に返すことは不可能だから一歩一歩行くしかない。途中、向こうにやられることもあるだろうが、とにかく一つずつ返していけ」
「よっしゃ!」
ルシアンが叫んだ。
「日本は常識を超えたことをやってきたが、黙ってやられるわけにはいかない! 俺達も常識を超えるぞ!」
全員で意気高い雄叫びをあげ、後半に向けて気持ちをあげていく。
後半は日本ボールでスタートである。
スペインは引き続き、引いた状態からスタートするが、前半と異なり、瑞江と颯田にマンマークのように選手がついている。
2人を外すとなると、攻めを組み立てるのは園口か立神ということになる。開始直後のこのシーンは園口がボールをもつ。スペインは特に寄せてくるわけではなく、ゴール前へのパスのみを警戒しているようだ。
園口は少し首を傾げて、この場面では無理せずに楠原へとパスを出した。その楠原も急がない。
開始から1分ほど日本がボールをキープし、再度ボールを持った園口が瑞江に渡そうとするが、これはボールが弱くてキーブできずにこぼれた。
そこからスペインが一気にスパートをかける。
スタンドがどよめいた。何人か、ではなく、11人がボールを目指し、ボールを繋ぐ。これまで不安を感じつつ回していたが、ここでは速く、正確に自信をもってパスを繋いでいる。
中盤から左サイドのメリダを走らせるパスが出された。これも鋭いパスであるが、走り合いでは立神も負けていない。先に追いついて外へと蹴りだした。
「畜生!」
ベンチのミケルが悔しさを露わにする。
途中交代で入ったメリダは、最初に出ていたミケルと比較すると技巧派でスピードには欠ける。ミケルであれば追いつけたかもしれない。自分が出ていればと思ったのだろう。
「おい、ミケル!」
同じく途中で退いたデ・グスマンがたしなめるように叫ぶ。ミケルもそれで気を取り直したようで、今度は一転して右こぶしをつきあげてメリダに声をかけている。「気にするな、もっと走れ」とでも言っているようだ。
その様子にスタンドが静かになった。
スコアは4-0であるが、試合が終わったと見るのは早計のようだ。
前半の日本をめぐる喧噪で若干浮かれていたスタンドが、再び試合に集中しはじめた。
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