11月25日 18:52 キャンベラ・スタジアム会見室

 試合終了後、ロッカールームに入ると、ディエゴ・モラレスと佃が長椅子に倒れ込んだ。


「もう動けねー」


 と、天井に向いて叫ぶ。


 他のメンバーもさすがに今までの試合後とは様子が違う。


 全力を出し尽くした感があった。



 陽人は星名を見た。


「……ということなので、準決勝は任せたぞ」

「任せたって……」


 準決勝の対戦相手は、この後アデレードで行われるメキシコとコロンビアの勝者となる。


「どこもここまで来ると満身創痍だろうし、出られる選手が出て行くしかない。当然、日本は星名と緒方が頼みとなる」

「いや、あんなのは無理だぞ」

「それは分かっている」


 陽人もあっさりと認めた。


「あれはさすがにこの短期間では無理だ。高幡や上木葉だって限定があるんだし。まあ、それについては明日対戦相手が分かってから改めて考えることとしよう」


 そう話した後、全員に「よくやった。今日はゆっくり休んでくれ」と声をかけ、峰木とともに記者会見場に向かう。



 スタジアムの下にある記者会見場ではまず負けたスペインのルベン・モイセスが話をしていた。


『残念ながら準々決勝で敗退となりました。今の率直な感想は?』

「まず言いたいのは、選手達は120パーセント頑張ったということだ。この試合の敗戦の責任は私にある。というのも、前半のスコアは監督の差でついたスコアだったからだ。負け惜しみに聞こえるかもしれないが、選手の力としては後半のスコアが近かったと思う」


 こうした敗戦の弁には時として辛辣な批判が投げかけられることもある。


 しかし、さすがにあの奇想天外な展開についていけというのが無理な相談だということは多くの記者も分かっている。さほど批判的な言葉は飛ばない。


『日本があのような戦い方をしてくると予想していたか?』

「……貴方達の中に予想していた者はいたのかね? もし、いたのなら、次の代表監督として推薦させてもらうよ」


 モイセスの言葉に記者達から笑いが起きる。



『日本のやり方に気づいたのはいつか?』

「全容について理解したのは最初の交代の後、ミケルが気づいたことだね。話を聞いた時は一瞬信じられなかったが、すぐに本当だと分かった」

『そのミケルを交代させた理由は何でしょう?』

「何かが起きていることは分かったが、何が起きているのかは全く分からなかった。とにかく冷静になる時間が必要だと思ったのだ。ミケルが怠慢だったわけではないが、2失点に関与していて一番替える理由がありそうなのは彼だった。正しい交代ではなかったがそれしかなかった」

『前半15分過ぎにある程度理解したということですね? その後、何をしようとしたのでしょうか?』

「この試合中に完全に対策することは不可能だと理解した。ただ、日本のプレーを分解すると、個々の選手がそれぞれ持つロールを、複数のポジションで乱すことなくやっていることだと理解した。つまり、個々のプレーのクオリティーをあげれば対抗できるのではないかと考えた」


 ここでも多くの記者はコメントに頷くだけである。


「後半のプレーぶりについては完璧ではなかったかもしれないが、今日できるベストは遂行したと思う」

『今日の試合を受けて、来月また再戦するとすれば、どういう方法をとりますか?』

「私が引き続き率いるのなら、こちらも同じことをすることだろうね。同じ場所で待ち受けると、どうしても攪乱される。そうでなくて、ボールと人とスペースの関係をどの場面でも最適化できる才能が必要だ」

『訳が分からないサッカーになりそうです』

「いいや、意外とシンプルかもしれないよ。戦術を知らない幼児達のサッカーにポジションはない。みんながボールに集まるよな。このサッカーもそうだ。ボールが中心、ポジションがない。ただし、そこにこれまで想定していたものとは別の規律がある。今の概念からすると天地がひっくり返るような衝撃かもしれないが、思ったよりはシンプルなのかもしれない」


 なるほど、という雰囲気が広がる。



 ここで日本人記者がいかにもな質問を投げかける。


『日本で特に厄介だった選手はいましたか?』

「全員だ」


 モイセスは即答した。


「もちろん、試合記録としては4点を取ったサッタが目立つだろうが、あのサッカーだから取れたと思う。サッタがどのポジションにいたとしても、同じところにいたのなら取られても1点だったはずだ。つまり、あのサッカーを支えた全員が厄介極まりなかったということだ」

『日本の監督については?』

「よくぞまあ、こんなことをやろうと思いついたものだ。何もスペイン相手にしなくても良いじゃないかと文句を言いたいが」


 また笑いが起こった。


「いや、冗談だ。個人的には歴史の転換点に居合わせたのかもしれないという思いもある。サッカーは近年ひたすらフィジカルな方向に進んでいたが、これを契機に頭脳や感性が必要になってくるかもしれない。今日はともかく、そうした方向性に進むなら、スペイン・サッカーにとっては望ましいことだと思う」


 そこで所定の時間が過ぎた。


『ありがとうございました』


 敗者の記者会見が終わり、次は勝者の記者会見となる。

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