11月25日 16:49 キャンベラ・スタジアム

 序盤で3点リードを取ったとはいえ、陽人にも峰木にも安心した様子はない。


 日本ベンチも集中している。


「あのプレースピードでポジションまで変えるんだから、理解不能だろうなぁ……。頭がぐちゃぐちゃになりそうだ」


 星名がつぶやいた。


 まさにそこが不安点でもある。体力面の消耗は変わりがないが、頭を使うという部分は今まで以上だ。練習ではしっかりできているが、実戦での疲労がどこまでのものか、まだ分からない。


 リードはどれだけあっても、十分ということはない。



「早くしたまえ!」


 主審がスペインの選手達に叫ぶ。


 3点目の後、交代をしてから、スペインは試合再開をせずに話をしている。それがさすがに1分になろうとしているので、主審も苛立ちを隠さない。


 スペインは再開後、一旦大きく引いた。これまでディフェンスラインとの間で駆け引きしていたルシアンとピーチョの2人まで下がる。デ・グスマンのワントップ気味に全員が引く作戦をとった。


『こ、これは? 3点リードされているスペインが引いてしまいました』

『スペインはかなり混乱していたようですので、一旦落ち着くための時間を取ろうとしているようですね』


 解説の言う通り、スペインの選手達は人数を割いて守備を重視している。



「種明かしが済んだから、対策が見つかるまでは失点を防ぐわけか……。厄介だけど、有難いとも言えるかな……」


 スペインと日本というネームバリュー的に、引いて我慢するということはしないと思っていた。しかし、さすがに未知の戦術に対して意固地に前に行こうとすると、ますます失点しかねないことに気づいたのだろう。ベンチが何らかの対策を考えるまでは無理をしない。まだ60分以上あるのだから間違っていない。


 ただし、相手が引いてペースを落としたということは、日本もペースを落とせるということだ。精神的な疲労度合いが気になる立場としては、この中だるみは有難いとも言える。



 前半の25分が過ぎた。


『U17ワールドカップ準々決勝。前半25分を回りまして、日本が3-0とスペインをリードしています。手元の集計で日本はシュート7本、スペインはまだ1本もシュートを打てていません』

『おっと、スペインはここで早くも2人目の交代のようですよ』



 ベンチの陽人にもスペインベンチの様子が見えた。


 背番号19、背丈は170センチ前後くらいの選手が立つ。


 手元の資料で確認すると、ギジェルモ・トーレスとあり、粘り強い守備に定評があるという。


 交代選手の表示に会場がどよめいた。背番号11、1トップとしてデンと立っていたデ・グスマンに替わって、小柄なアタッカーがピッチに入る。


 トーレスがメンバーに何か話しかける。視線は稲城の方に向いている。


 何かしらの回答を見出したようだ。



 スペインのボールで試合が始まると、トーレスが稲城のそばにつく。


「なるほど。希仁がボールを取ってもすぐに取り返せるようにするわけか」


 トーレスは稲城をほぼマンマークするような形でついていっている。スペインにとって一番脅威となっている稲城を追跡し、ボール奪取されたとしてもすぐに奪い返して脅威を軽減させるつもりのようだ。


 そのうえで、少しラインをあげてきた。ボール回しを行うようになったことで、再び日本のチェイシングが盛んになるが、トーレスが稲城にくっついていることで稲城のゾーン近くを避けやすくなっている。


「希仁以外は何とかなるという目論見か」


 個々人の能力自体はスペインが上だろう。最大の混乱の元を封じればどうにかなる、という自信があるのだろう。


「こちらも何かしら手を打つかい?」


 峰木が問いかけてくる。


「……いえ、前半はこのままで行きましょう」



 稲城のゾーンを避けるようになり、スペインが今までよりはボールを回せるようになった。それに従い、次第にラインをあげてくるが、それでもやりづらさがあるのは間違いない。セーフティーファーストのボール回しか、大きく蹴り込むのがほとんどだ。


 そのボール回しに、日本も慣れてくる。


 また、猛烈なチェイシングで目立つ稲城以外に、日本には相手ボール奪取で違いを作り出せる存在がいる。


『前線で陸平がカット! そのまま瑞江にボールを出した』


 相手陣で陸平がボールを奪い、瑞江に渡した。前向きに受けた瑞江が前に進んだ瞬間、稲城が反対サイドに大きく開いた。左センターバックのアルアバレーザを目指す。


「ナイス!」


 日本のベンチから声が出た。トーレスは稲城のボール奪取を警戒しているので日本ボールの時でもマークしている。その稲城が別の選手のところに向かえば、1人でスペインの選手を2人遠ざけることになる。


 同時に颯田が左側に走る。既に3点取っている颯田をマークしないわけにもいかず、右サイドバックのフリュアカがつかざるをえない。


 結果、瑞江の前にいるのは、センターバックのリュケとゴールキーパーのガルティアノのみ。


 スピードに乗った瑞江はリュケをかわして、ガルティアノの反応よりも早く左足を振り抜いた。



『決まったぁ! 4点目! 前半37分、日本が4点のリードを奪いました!』

『凄い! 凄すぎますね!』



 実況と解説が大喜びしているその時、陽人を含めた日本ベンチは強烈な殺気を感じた。


 スペインベンチにいる監督・コーチ、控え選手、更にはピッチの中にいる選手達の何人かが笑っていた。


「すごいことやるじゃん。だけど、残り時間で何とかしてやる」


 そんな言葉が聞こえたような気がした。



 前半はこのまま終了した。


 4-0。


 普通に考えれば楽勝できそうなスコアだ。


 ただ、陽人も含めた日本サイドは安心する気にはとてもなれない。


 最終スコアでは勝てるかもしれないが、スペインはこのまま終わるつもりはさらさらなさそうだし、後半スタートを間違えれば、前半の逆の展開もありうるかもしれない。

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