11月25日 16:18 キャンベラ・スタジアム
PKを誰が蹴るか、ピッチの中で相談が行われるが。
「おまえが取ったんだし、おまえが蹴ればいいんじゃないの?」
と、瑞江も園口もそのまま颯田にボールを任せる。
カナダ戦でも日本のPKは颯田が蹴っているのであり、特別変える理由もない。
「OK、蹴ってくる」
颯田はボールを取り、ペナルティスポットへと向かう。
長身のGKガルティアノが左右に手を伸ばすが、動ずることなく走り出す。
『決めたぁ! 日本、前半8分に先制! 20番の颯田はこの大会3ゴール目です』
試合が再開するが、スペインはボールが落ち着かない。
『スペイン、慎重にボールを回していますね』
『前線の3人へのパスルートを探しあぐねているようですね』
スペインの得点源は188センチの万能派の長身デ・グスマンに、キングス・マドリーのフベニール組2人ピーチョとルシアンのスピードある突破力だ。
ただ、この試合はまだそこまでボールが届かない。
3人がハーフウェーを出たらオフサイドというくらいに日本の最終ラインは高く、溜めを作るパスを出すとプレスが来る。プレスをかわしにいく技術があるはずのスペインだが、稲城と陸平がしぶとく行くうえにその2人の所在をはっきり認識できていないために焦りが出る。
前に出すボールがズレたら、GK鹿海が出てカットする。
『スペイン、ここも一回キーパーに戻します。ガルティアノから前に……あっ、陸平がこれをパスカット。そのまま前に出して颯田ぁ!』
『おぉぉ、この早い段階での2点目は大きいですよ! 陸平君、ここは思い切ったところまでカットに行きましたね!』
『日本はほとんど喜ぶこともなく、すぐに戻っていきます。いい流れのまま追加点を狙いに行くというところですかね』
普通、得点を奪えば取った側がセレブレーションなどで時間を使い、取られた側は「早くしろよ」という様子で再開を待つことになる。
しかし、ゴールを決めた颯田は軽く右手をあげただけで、すぐに持ち場についた。
一方、決められたスペインの方が中盤で話し合いを続けており、主審が「早く再開したまえ」と指示を出している。
主審に促されて再度のキックオフ。
『おっと、スペインはキーパーからのロングボールだ。これは合わずに流れてしまいました』
『珍しいですね』
『日本は瑞江が後ろまで下がってきてボールを受けて、右サイドの立神へ。お、おっ?』
瑞江から立神がボールを受けた。
選手のいない少しフリーのスペースを上がっていくと。
『おっと、立神につく選手がいない? そのままシュートだ!』
立神がエリアに近いところまで持ちあがり、ミドルシュートを打った。これはガルティアノに阻まれたが。
『これをリュケが中盤に送っ……たところを稲城が奪った! 瑞江から左サイドスルーパスに颯田が抜けて、更に決めた! 3点目! 3点目! 何ということでしょう! 前半15分、日本がスペインから3点のリードを奪いました! 颯田は僅か15分でハットトリックです!』
キャンベラ・スタジアムの観客からはどよめきが上がるのみだ。逆のスコアを予想する者はいたかもしれないが、いきなり猛攻をかけているのは日本の方だ。
スペインの監督ルベン・モイセスが立ち上がった。
ほぼ同じく、背番号15をつけたラファエル・メリダが出て来る。下がる選手は20番。左サイドバックのミケルだ。
前半16分での交代、負傷以外ではまず考えられないことであるが、当のミケルに負傷した様子はない。
恐らくは最初の失点で稲城に安易にボールを取られてしまったことと、先程立神の上がりをのんびりと眺めているだけだったこと。この二つを怠慢プレーと見られての懲罰交代のようだ。
当のミケルはもちろん、中の選手達がベンチに向かって「やめてくれ」とジェスチャーを示す。しかし、既に宣言された交代をキャンセルするわけにはいかない。第4審が再度交代のパネルを提示し、主審もミケルに近づいて下がるように指示を出す。
ミケルは憤然とした面持ちでハーフウェーにいるメリダには目も向けずにピッチの外に出た。
ベンチの方に大声で怒鳴っている途中、ハッと顔を上げた。ルシアンを大声で呼び、何か叫ぶと、それを受けたルシアンが血相を変えてメンバーに伝える。
「タネが分かったみたいだな」
もちろん、大声で叫んでいるのだから、日本の選手にも伝わる。
それを理解できるのはアメリカでヒスパニック系の多い地域に住んでいた瑞江のみであるが。
「個人のポジションチェンジじゃない。あいつら全員、まとめてポジションを移している。クレイジーすぎるって叫んでいるな」
ベンチに戻った後も、ミケルは右手の人差し指をグルグル回している。「あいつら、陣形を回しているんだよ!」と叫んでいるかのようだ。
それを聞いて監督のモイセスが青ざめ、スタッフ達も急いでタブレット端末を取り出して状況の確認を急ぐ。
どうやら、スペインも何が起きていたのか分かったようである。
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