11月22日 20:46 シドニー・フットボールスタジアム

 試合は前半24分を経過した。


 19分に颯田が決めて2-0。


 オーストラリアを応援しているスタンドが微かに意気消沈している。



 替わって、アウェー側スタンドにいる僅かな日本人が元気になってくる。


 その中には小切間、石代、城本の3人もいた。


「日本は調子がいいけれど、後半は大丈夫かなぁ? かなり飛ばしているけど?」


 ファンの1人が不安そうに3人に尋ねた。


 確かに日本はオールコートで強烈なプレスをかけている。90分、このまま行くことは難しいのではないかという疑念が見ている皆の頭に過ぎる。


 城本はひきつった笑いを浮かべながら、応援団の不安を否定した。


「いや、大丈夫ですよ。前線も中盤も、次のプレーを予想できていますし、プレーに集中しています。全員がきちんと動けているので1人あたりの走行量はそれほどでもないんですよ」

「そうなのか。それならいいんだけどね」



 応援団は安心したようだ。


 3人はお互いの顔を見合わせて、苦笑した。


 3人にとっては良いことではないからだ。


 もちろん、この試合に関しては良い。


 しかし、今日出ているメンバーは過半数が高踏高校のメンバーであり、また高幡もある程度馴染めている存在だ。


 だからチームの動きに無駄が少なく、オールコートのプレスでも体力を極端に使うということがない。全員に疲労が分散されている。


 それはつまり、今回の大会が終わった後、高校選手権で更に自信と精度を増した高踏のチーム戦術と対抗しなければならないことを意味する。


「今までは、何とかPKまで粘れば勝てたかもしれないけど、高踏の1年キーパーが滅茶苦茶PKに強いらしいからなぁ」


 日本代表として活動しつつも、自分の高校だけでなく、他の高校の状況もチェックしている。


 深戸学院とのPK戦で相手をほぼ完封……完璧なPK以外は止めてしまったという1年キーパーの存在は無視できない。



「おっ、あっち見ろよ」


 北日本の2人が絶好調とも言うべき日本に複雑な思いを抱いていたところで、城本がスタンドの中央あたりを指さした。


「おっ、スペインのスカウティングチームか?」


 スペイン代表の赤と黄色のジャージーをまとった男が3人、ピッチを見ながら色々話している。


 2人はストップウォッチを持って、色々と測っていた。


「何を測っているんだ?」

「分からん。稲城の走力でも測っているんじゃないか?」


 オーストラリアがボールを持った途端、稲城がつっかけていく、陸平がパスを通さないポジションについている。オーストラリアにとってはこの2人の始動があまりにも早いので、パスコースを見つけられずボールを失う危機にさらされる。


「稲城はボールを持っている分には全く怖くないが、プレスをかけてくるときは鬼のようだからな。スペインも警戒するだろう」

「そういえば、そのスペインはどうなっているんだろ?」


 スペインとチリの試合は、日本が今まで滞在していたメルボルンで行われている。確か同時刻開催だったはずである。


「1-0でスペインが勝っているな」


 改めてスペインのスカウティングチームの様子を見ると、端末ボードを取り出して、色々と話し合っている。


 そうしたシーンが見られるのは、オーストラリアボールになった後、日本が取り返した時に多い。つまり、スペインがボールを確保した時、日本のプレスをどういなすかについて話をしているのだろう。


 真剣に議論しなければいけないくらいの脅威は与えているということのようだ。


「ストップウォッチのタイムをどのくらい参考にすべきなのかは分からないが、稲城や颯田の速さはスペインでも中々見ないかもしれないからなぁ」

「ただ、前はともかく後ろは不安な感じがするよな」


 城本の言葉に、北日本の2人も無言で頷く。


 稲城と颯田、瑞江が強烈に押し上げ、陸平がフィルターとして機能している。ただ、最終ラインで掃除をすべきGK垣野内とCBの原野と角原の押しあげと微調整はやや危なっかしい。


「オーストラリアはともかく、スペインは苦しむにしてもパスを回せるだろう。その時に、最終ラインがきちんとついていけるかな?」

「……鹿海と林崎がいれば大丈夫なんだろうけれど」


 小切間の言葉に、城本も「おそらくは」とつぶやいた。


「ただ、そうなると本当に高踏のメンバーばかりになる」

「ま、最初からそれは緒方や星名にも言っていたからな」


 一番山場となる試合は、一番信頼できるメンバーを使う。


 ただ、そのメンバーで全試合を戦うのはさすがに無理だと理解している。


 だから、負けても良い試合ではギリギリまで他のメンバーを使い、山場で信頼できるメンバーを使う。その間に他のメンバーの意識改革を更に促し、最後は総力戦で切り抜ける。


「となると、勝ったら次の試合は鹿海も林崎も入れるのかな?」

「原野と角原がスペインのFWに勝てるのなら別だが……」

「……それは無いな」


 元々、「星名以外は微妙」と呼ばれていた世代である。個々人の能力でスペインを完封するのは難しいだろう。


「スペインとの試合は戦術解禁してのフルスロットルでの殴り合いだ。ラグビーみたいなスコアになるかもしれない」



 城本の危惧を裏付けるかのように、前半の終盤に二度ほどピンチがあった。パスを一度通してロングボールを出した場合に、両サイドバックほど円滑にはGKとCBが動けておらず、そのギャップをついてオーストラリアのFWが良い形でボールを持ちそうになったのである。


 ただ、プレスで走り回っているオーストラリアも決め切るパワーはない。



 前半は2-0で終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る