11月22日 20:08 シドニー・フットボールスタジアム

 キックオフはオーストラリア。


 20時ジャスト、割れんばかりの大歓声の中、試合が始まった。


 中盤からバックラインにボールを下げると、日本が一斉に前に上がる。



 オーストラリアは伝統的に大柄で屈強な選手を多数擁している。以前はその強みを存分に生かしたロングボール主体の戦術だったが、近年は繋ぐ戦術を志向する指揮官が増えてきている。


 このオージールーも、まず最終ラインからしっかりビルドアップしようとするが。


「あいつ早いぞ!?」


 稲城と颯田がアッという間に迫り、コースを塞ぐ。出せないと判断してキーパーに返そうとしたところまだ追いかける。


 キーパーのシュワーバーが大きく前に蹴りだしたが、笛が鳴った。


「オフサイド!?」


 前線へのボールはハーフウェーでオフサイドとなった。オーストラリアの前線が一様に渋い顔を向ける。


 日本のフリーキックで再開するが、この時点でオーストラリア側はポゼッション勝負の不利を悟ったようで、激しいプレスには来ない。自陣付近まで下がって、ハーフウェーを超えたあたりからプレスをかけてくるが、速いボール回しでいなしていく。


 これまたすぐにボールを簡単に取れないと判断したようだ。オーストラリアは無暗に追うことなく下がっていく。大柄な選手が並んでいき、黄色い壁が構築され、エリア内を固めた。


 中央で瑞江がボールをキープし、相手を背中に受けて後ろに出す。高踏でも見られた瑞江の落としからの颯田のミドルシュートだが、これは相手に当たって枠を外れた。


 しかし、判定はゴールキックだ。


 颯田は「それはないよ」とばかりに両手をあげるが、本心から不満ということはないようで元のポジションに戻る。元のポジションと言っても、元来の位置が高いのでほとんど下がることはないが。



 判定には拍手だが、スタンドの勢いは弱まった。


「これはまずい。日本は速い。我らがオーストラリアは耐えることになりそうだ」

「グループステージでもここまで厄介な相手はいなかった」


 言葉はないが、そうした雰囲気が伝わってくる。



 オーストラリアがゴールキックから再開するが、ボールを回せない。


 苦し紛れに出したパスを陸平がカットして、再度展開する。ここも瑞江のシュートがディフェンダーに当たり、今度はコーナーキックの判定だ。


 エリア内に集まった原野と角原に瑞江が話しかける。


「ベンチはああ言っているけど……」


 日本ベンチでは陽人が曲げた右ひじを回している。


 フォーメーションを回せ、という指示だ。


「もう少し様子を見てもいいかもしれない」


 今のところ普通にやるだけでも、オーストラリアは完全に目を回している。


 更にひと手間加えるより、ここはこのまま押して行った方が良いのではないかという瑞江の考えだ。


「そうですね……」

「確かに今のまま10分くらいまで行ってもいいかもな」


 稲城と高幡も同意した。稲城が「まだ」というジェスチャーをベンチに送る。



 右手を回していた陽人は、稲城からのジェスチャーを見て、頷いた。


「どうかしたのかい?」


 峰木が問いかけてきたので、陽人はジェスチャーの意味をそのまま説明する。


「今のままで行くそうです」

「……まあ、かなり押しているからね」

「そうですね。中が判断してやらないと言うのなら、無理にやる必要はないです」


 事前の試合プランで「やる」と言っていたが、ピッチの中が合意して「なくて大丈夫」と判断したのなら、無理に従わせるつもりはない。


 充分できるところまで練習したとはいえ、ミスが生じる可能性はゼロではないし、頭の疲労も半端ないからだ。



 左からのコーナーキックを蹴るのは上木葉。ゴールに向かってくるボールを蹴ってくるが、ここは中に蹴らずにエリアの外にグラウンダーのボールを送った。そこに駆け込む立神がシュートを打とうとするが、ディフェンダーが割って入る。ただ、遅れたディフェンダーの足が立神の足を蹴ってしまった。


 笛が鳴った。ゴール正面という絶好の位置からのフリーキック。


 オーストラリアの選手が緊張した面持ちで壁を作る。視線の先にいるのは立神。アジアカップでも二、三本強烈なシュートを見せているし、映像を探せば選手権の超ロングシュートや芸術的なフリーキックが出て来る。


 その隣に上木葉が立ち、更に瑞江が立つ。壁の左右には稲城と颯田が移動し、こぼれ球に備える。


 二、三、言葉を交わした後に立神がボールをセットし、後ろに下がってゴールに背中を向けた。そこから反転してダッシュするのとほぼ同じく、瑞江が短い助走で左足を振り抜いた。


「あっ!?」


 壁もゴールキーパーも完全に虚をつかれて、茫然とボールの行方を見守る。


 助走も少なく、立神ほどのキック力はないのでボールの軌道はやや遅い。それでも十分なスピードを保ったまま、正確に左端に突き刺さった。

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