11月17日 11:08 メルボルン・代表宿舎
2戦2勝、既にトーナメントへの勝ち上がりを決めた日本のグループステージ最終節は2戦2敗で後がないカナダ。
完全な調整試合として使える試合である。
ここまでの2試合で出場時間が0の選手は、GKの沢元、DFの林崎、MFの戸狩、稲城、FWの瑞江と颯田である。ただし、鹿海はFWとしての起用であり、GKとしては出ていない。
「ま、とりあえずこの試合で全員出すことにしよう」
GKは沢元で、DFに林崎を起用することは早々に決まった。
「負けてもいいので、一度五樹を右サイドで使ってみます」
峰木との話し合いで、立神のところに颯田を起用することを提言し、容れられた。
あとは瑞江をCFで、稲城を左ウイングで。戸狩はスタメン起用は難しいので終盤での起用と決まったが、ここで想定外の状況となる。
星名が「カナダ戦も出してくれ」と言い出したのだ。
星名は2試合で3得点。
ここまで日本があげた5点のうち3点だから結果だけを見れば十二分のものがある。
だから、陽人としても「もういいだろう?」という気持ちはある。
「気持ちは分かるが、無理に出なくてもいいんじゃないか?」
もちろん、チーム戦術にまだ馴染めていないのは事実である。
3点取っているが、もっと広く動けていれば更に6点くらい取れていたかもしれない、と言うことも可能だ。
ただ、最初の親善試合だったアメリカ戦から比べると進歩している。
あとは練習の中での調整でも良いのではないかと思ったが……
「調整ができる試合だからこそ、もう一度やってみたい」
星名が言う。
確かにその通りであるのが悩ましい。
カナダ戦は負けても構わない試合である。どの道、決勝トーナメント1回戦とその次くらいまでは星名を使うつもりはないので、この試合で時間を与えても構わないのも確かである。
「言いたいことは分かる。ただ、まだ1分もプレーしていない選手もいるわけで、そうした選手達に試合勘を与えることも必要だ。今すぐの回答は保留させてくれ」
陽人はそう言って、回答を保留し、稲城を探した。
星名を出すとなると、ベンチに待機するのは稲城になるからだ。
その稲城は陸平とともにトレーニングルームでストレッチに明け暮れていた。
「希仁、ちょっといいか?」
「何ですか?」
「星名がもう少し調整のための時間が欲しいと言っている」
それで大体想像がついたようだ。
「つまり、私はカナダ戦もお休みということですか?」
「完全休みということはなく、出場機会は与えるつもりだ。星名を使うとなると、途中出場になる」
「なるほど。別に構いませんよ」
あっさりと承諾の返事が返ってきた。
「星名さん、昨日の夕方からずっと高踏のビデオ見ていましたからね」
「高踏のビデオ?」
「瑞江さんがどういう動きをしているのか、確認していましたよ。色々思うところがあったんじゃないでしょうか?」
稲城の言葉に陸平も頷く。
「まあ、確かにアンゴラ戦は2点取ったけど、4点くらい取り損ねたところもあったからね。本人も自覚はしているだろうし、このままだと準決勝まで進んだとしても外されるっていう危機感があるんじゃない?」
「そうですね」
稲城も同意したが、そこで首を傾げる。
「しかし、前に聞いた話ですと、監督にも歯向かってやりづらいタイプということでしたが、ここまでのところあまりそういうところはないですよね?」
確かに陸平や瑞江、立神からはそういう話を聞いていた。
3人はアジアカップで星名を見てきている。そこでは星名は前監督を虚仮にして、それが結果的に監督交代に繋がったようなことも言っていた。
そのため、厄介な存在かとも思っていたが、今のところそういう雰囲気はない。
「まあ、やっぱり海外で指導受けているから、こんな指導は聞き飽きたって偉そうにしていたのかもしれないね。それできちんとできていたわけでもないから、困った奴という雰囲気はあったけど」
陸平が四か月前のことを思い出しながら言う。
「陽人のやることはイギリスでも見たことない。更に他のメンバーは『こんな無茶苦茶な事ができるなら世界一にだってなれるかもしれない』って思っているからね。星名もそういう雰囲気は分かるだろうし、彼だってもっと上を目指したいだろうから、そういう環境になれば努力するってことなんじゃないかな?」
「そういうものなんですね。まあ、とにかく私は別にベンチでも全然かまいませんよ」
「悪いな。交替では出すけれど、どのくらいの時間が欲しい?」
調整が長ければコンディションは良くなるが、試合勘というものもある。
トーナメントから全力を出してもらいたいためにも、試運転の時間はきちんと確保していたい。そのために必要な時間を本人に尋ねたが。
「ボクシングだと二、三か月試合がないこともザラですので、時間は全く気にはなりませんよ。3試合出ていないから次の試合は100パーセントで走れないなんて情けないことはありえませんので」
自信満々の即答が返ってきた。
陽人は改めて認識する。
サッカー能力という点では確かに瑞江、立神、陸平の三人だが、本当の意味でチーム一の化物なのはいつも慇懃過ぎるほど丁寧なこの男なのだということを。
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