11月15日 16:35 メルボルン・スクエアスタジアム

 ハーフタイムの控室。


 高幡やディエゴ・モラレスの顔には「もうちょっと点が取れたかなぁ」という思いが浮かんでいる。


 一方、星名と緒方を見るとそうした余裕はないようで、目の前のことに必死な様子だ。


(どうしたものかな……)



 いくつかの選択肢がある。


 前半にも考えた、どちらか1人を替えてテストをするというのが一つ。


 もちろん、多少の問題部分には目をつぶってこのまま起用を続ける方法もある。


 あるいは後半に瑞江と颯田を入れて、この試合で勝ち点3を取れる可能性をあげ、3戦目を完全なテストモードにするという選択もある。



 代表と高踏高校の違いは、幾つかある。


 話し相手としての後田や結菜の不在というのも大きいが、それ以上に痛いのが辻佳彰ら撮影班が不在という状況だ。


 もちろん、代表スタッフも前半の映像を用意してはいるが、辻や卯月、高梨のように細かいところまでは理解できていない。辻なら必要そうなところをピックアップしてまとめてくれるので、その中からシーンを選択して細かく説明できるが、ここではそこまでは至らない。


(辻君がいれば、星名と緒方に何点か映像で示すこともできたと思うんだが……)


 良いシーンと良くなかったシーンを続けて見せて、イメージを持たせるということがここでは難しい。改めて、裏方の優秀さを感謝しつつ、説明を始める。



 と、同時に決断の時でもある。



「相手のやり方がはっきりしている間は凄く良かったと思う。うまく抜けて速い攻めが展開できていた。ただ、その後、相手が乱れてから逆に攻めが遅くなったところがあったと思う」


 相手が「今日の相手ではいつもの取り方ができない」と自信を失い、日本に主導権を握らせることを甘受した後、下がったことで最後の局面でうまくいかなかった。


「正直に言うと、後半をどうしたものか、ちょっと迷ってはいる」


 陽人の言葉に、全員が「おっ」という顔を見せた。


「この試合を勝てばグループステージは勝ち抜ける。ただ、そもそも俺はグループステージを勝ち抜くためにここに来たつもりはない。準決勝までは行くという考えの下でどうすべきか考えてきた。仮に準決勝まで行けた場合、そこからどこまで行けるかは今、ここにいるメンバーの出来にかかっている。優勝するのか、4位になるのかがここにいるメンバーにかかっている」

「優勝か4位……」


 全員の顔つきが変わった。


「何かを変えようかとも思ったが、後半の30分は準決勝に向けた一つの試練と考えることにした。ハーフタイムで交代はしない。前半に思うところがあるかもしれないし、実際に指摘する点もあるが、今はしない。1点リードはしているが、それはないものと思おう。準決勝の30分のつもりで行ってもらいたい」

「おー!!」


 一際大きな声があがり、全員が後半のピッチへと向かう。


 途中、緒方が星名に何かを話している。


 何を話しているかは聞こえないが、聞く必要もないだろう、と陽人は思った。



 後半、アンゴラは中盤の戻りの速いデュネンに替えて長身でスピードのあるFWダボヤを起用してきた。


 きちんとした戦い方では日本にかいくぐられる。故にある程度人数をかけて守った

後、しっかり攻める人数を確保したいということだろう。


 アンゴラが前からは来ないので、日本がボールをキープする。


「おっ?」


 後半に入り、ポジションは変わらない。


 しかし、役割が変わったようだ。中央の星名ではなく、左サイドと中央のスペースで緒方が受けて簡単に展開する。そこから両サイドがクロスを送って星名が待つという軸ができてきた。


「緒方がボールタッチを減らすようになったね」


 峰木の言う通り、緒方がプレーをシンプルにした。


 アンゴラ相手だと、何となくボールを持てる。だから自分のプレーを試してみたくもなるが、意識が準決勝に向かった。どこが相手であっても、準決勝でこんなのんびりしたプレーはできないだろうという意識になったのだろう。


 緒方が意識と役割を明確にしたため、星名も「決める」という形で明確になった。



 早くも8分、立神のクロスを星名が決めて2-0とすると、そこから繋いで星名から七瀬のシュートというシーンが続く。


 攻められるアンゴラは選手交代に活路を見出すしかないが、出来上がったチームに馴染んでいない選手を入れてしまうのでよりピッチ内の混沌が広がる。


 24分には七瀬が三度目の正直とばかりに強烈なシュートを放つが、今度はポストに嫌われる。しかし、跳ね返った先に星名がいた。蹴るというより当たってしまったというシュートが入って3-0。勝負は決まったといっていい。


「こんな天才的なアシストは初めてだぞ!」


 と、星名が七瀬を茶化すように言って、笑っている。



「一気に良くなったね」


 峰木が感心して頷いている。


「ディテールの部分ではまだまだあります。ただ、準決勝に勝つんだという意思は見えてきました」

「これは残りのメンバーにもプレッシャーだ」


 峰木が上機嫌で言う。


 星名と緒方をふくめ、今いるメンバーに「準決勝で勝つためのサッカーをしてこい」と言った。


 ということは、残りのメンバー……主として高踏は準決勝まで進まなければならないと言う義務が出て来る。


 これはとてつもないプレッシャーになる。



 後半29分に、星名、緒方、高幡を下げて鹿海、佃、上木葉を入れた。そこからも攻めるは攻めたが追加点は奪えない。


 このまま3-0でアンゴラに勝利し、勝ち点6。ドイツがカナダに勝利したことで、グループ2位以内を確定させた。



『前半は得点以外イマイチだったけど、後半は良かったな。カナダ戦が調整できるのも大きい』

『星名が覚醒した感があるぞ。決勝トーナメントに向けて大きいんじゃないか?』

『少なくとも史上最低の代表ではなさそうだ』

『……』

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