11月12日 17:00 メルボルン・スクエアスタジアム

 ハーフタイム、日本の指示は簡潔なものにとどまった。


「コンディションを考えれば前半は望外の出来だった。後半もペースを変えることなく続けて行こう」


 陸平が手をあげる。


「交代はどう考えれば良いのかな?」


 この試合に出ている選手は星名と緒方を除いて、全体的に調子をあげている段階で体が重い者が多い。替えてくれるなら替えてほしいという要望が含まれているように聞こえた。


「星名と緒方以外は適宜考えるつもりだ」


 2人はあくまで、チームに慣れるためにフル出場する。


 仮に同点、逆転されたとしてもその方針に変更はない。



 後半がスタートした。


 どちらのチームもメンバー交代がない。


 また、どちらのチームも大きくやり方を変えてくることがない。ただし、追いかける側のドイツは「追いつきたい」という心理があるのだろう。前半以上に両ウイングをダイレクトに狙うプレーが増えている。


 ただ、これは日本にとっては有難い展開とも言えた。


 相手が読みやすいプレーで打開しようとしてくれる分には対応がしやすいからだ。決してコンディションが良いわけではない中、こうしたプレーに終始してくれると有難い。


「今更言うまでもないことだけど、組織力という点では二か月ほど週末に合宿を組んできた日本の方が圧倒的に上のようだね」


 峰木の言う通り、全体の意思疎通の差が出ていると言って良い。更に中央に構えている陸平が中盤の嫌な位置にいる。ドイツがどうしてもそこを避けてしまうことはあるようだ。


 ただ、日本は主導権を握っているが、攻めには迫力を欠く。これは前半に引き続き、星名と緒方がまだ無駄走りが多くて、ゴール前で決定的な仕事をする体力が欠けていることが大きい。



「この試合の結果だけを考えるなら、星名と緒方を下げるべきだね」


 後半15分を回り、峰木が言う。


 その通りではある。ただ、この試合の結果はある程度度外視できるものであるから。


「コンディションを考えると、陸平と高幡を替えたいところです」


「方針は分かるけど、その2人を下げると、追いつかれるかもしれないよ」


 これまた峰木の言う通りであり、ドイツが中盤で回そうという意欲が低いのは陸平と高幡、特に陸平のポジショニングが良いからだ。この2人がバランスをとり、ディエゴ・モラレスがガツンと行くスタイルは完全に嵌っている。


 これを替えると、ドイツが息を吹き返す可能性があるが。


「ドイツに勝つためだけに来たわけじゃないですし替えます」


 陽人がこういうと、峰木も「分かった」と頷いた。



 後半20分、陸平に替えて楠原を、高幡に替えて七瀬を投入した。


 役割としては、楠原には引き続き中盤を任せ、上木葉を中盤に下げるとともに、七瀬は右ウイングで走り回ってもらうという算段だ。


 ただし、陸平と高幡の貢献度が高いことは誰の目にも明らかなので、スタジアムに小さくないどよめきが起きた。


 事実、2人がいなくなったことでドイツは中盤で一つパスを回せるようになった。更に星名と緒方がへばってきて動きが少なくなってくる。結果、ドイツは攻勢を強めてくる。


 25分以降に入ると積極的に前に出て来て、シュートを打つ機会が増えてくる。



 しかし、ドイツ代表は全体としては未完成だった。


 前掛かりになる分、後ろがいびつになる。それを活かしたのが左サイドの佃だ。


 相手のパスミスでボールをカットすると、上木葉とワンツーパスを交わして前に上がる。一人をかわしたら、ドイツは前に人数をかけていたため、後ろの人数が足りない。


 緒方と星名も千載一遇とばかり走るため、4対2という局面になった。


「こっちだ!」、「佃!」


 と2人が叫び、一番遠いサイドで七瀬も猛ダッシュをかけてくる。


 佃は誰にも出さずにDFをFWに向かわせ、50メートル以上を独走してそのままシュートを決めた。


 後半34分の追加点。


 これでドイツはガクッと落ち、次戦以降に目標を切り替えたのだろう。一気に4人を替える。日本も佃を園口に交代した。


 その後は攻める場面はあるも、決定機は生まれずこのまま試合終了。


 日本は初戦を2-0の勝利で飾った。



 ホイッスルとともに峰木が手を出してきた。


 陽人は握手をかわして、残った手で頭をかく。


「まさか勝ってしまうとは思いませんでした」

「2か月合宿した成果があったね」


 確かにその通りだろう。


 どちらもコンディションはトップからは程遠く、先を見据えていた。


 戦術志向も似たようなもので、個人能力はほぼ互角、あるいはドイツが若干上だったかもしれない。それでも勝てたのは意思疎通と戦術理解の差だ。


「そうですね。同点逆転になったら、怜喜と高幡の交代をどう言い訳しようかと思っていましたが」


 陽人はそう言って苦笑する。この交代は結果如何によっては文句が出る交代だと分かっていたが、まさか非難された時に「ドイツには負けても良かったので」とも言えない。



 そういう点では助かったとも思ったが、世間はそう甘くなかった。


 試合結果を受けて、『日本やるじゃん』という向きもかなりの数あった。


 一般層に関してはそういう反応の方が多かったのだが。



『アメリカ戦に続いて星名と緒方への依存が酷い。別のFWに替えていれば4点くらい取れて、今後のグループステージの戦いが楽になったのに全く分かっていない』

『結果こそ良かっただけで、ドイツの攻めを封じていた陸平と高幡を引っ込める采配はクソとしか言いようがない』

『むしろドイツに負けていた方が日本のためになった。来週、この中途半端な勝ちを後悔するだろう』


 と、依然として反発を示す層も数多く存在するようだった。

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