11月12日 14:45 メルボルン・スクエアスタジアム

 U17ワールドカップ、日本の初戦、ドイツとの試合。


 メルボルン・パークにある3万人収容のスクエア・スタジアムは、非常に優れた立地にある近代的なスタジアムであるが、観客は1割ほどである。


 サッカーはオーストラリアでは、オーストラリアンフットボールにラグビーやクリケットといった競技に後れをとっている。


 地元のチームならともかく、日本とドイツの試合を見に行く奇特な人間はあまりいない。


 結果、地元の日本人やドイツ人が中心という具合で、英語よりも日本語やドイツ語の声援が響いている。


スターティングメンバー:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093083276625451


 ドイツには強豪チームのユースに所属している「次代の世界的選手」と評価されている選手が何人かいる。


 トルコ系のギョクハン・メケトなどはその最たる例であり、194センチあり、スピードと技巧を兼ね備えた選手、3年以内にビッグクラブでプレーするだろうという評判だ。


 ただ、陽人には、メクトも含めたドイツの注目選手に「そこまで凄いのか?」という疑問がある。


 何人かは8月に対戦したヴェストファーレンの選手だからだ。親善試合ということもあったのだろうが、あの時の冴えないパフォーマンスしか思い浮かぶものがない。


 それでも、自分達のチーム状態のこともある。現在上昇途中ではあるがピークではない。


 その状態で世界的選手と相対するのは、さすがに苦しいだろう。



 その状況であるので、試合前の指示も難しい。


「まずは練習でやってきたことをやる。これは当然だ。あとは状況に応じてメリハリをつけること。耐える時間帯はどうしても出て来るだろう。それは仕方ないし、ベンチのせいだと思っておけば良い。ただ、攻める時間も多少はあると思う。試合を通じて5回良い形を作ることを意識していこう」


 良い形を5回作れば、そこから先は決定力や運に関わってくる。


 そこで1点か2点取れれば体裁は整うだろう。



 試合が始まった。


 開始からお互い活発にボールを追いまわし、両チームともボールが落ち着かない。


 しかし、5分もすると試合の流れが多少見えてくる。


「……あれ?」


 陽人が首を傾げた。


 日本がボールを支配し、ドイツが追いかけるという展開になっている。展開としては8:2くらいか。逆でも不思議でないと思っていただけに、意外な展開だ。


「こちらが初戦を重く見ていないのと同様に、ドイツも先を見ているのかもしれない」


 峰木が言う。


 確かにその通りかもしれない。


 ドイツも優勝を狙っているはずで、そうなると初戦からフルスロットルで来るはずがない。


 お互い、初戦はセーブしている結果、日本の方がボール支配をできる形になっているのだろう。



 もう一つの要素はベンチが気づいたようだ。


「ドイツ、シンプルだけど、単純に両サイドの個人能力だけで攻めようとしている感じだな」


 瑞江が言い、周囲が頷いている。


 現代サッカーではサイドから人数差を作りにくる狙いをもつチームが多い。


 サイドは囲むのが難しいので1対1を作りやすい。そこで個の力でかわすことができれば、数的優位を作ることができる。


 故に、サイドに個人能力の高い選手を置くことになる。ドイツの両サイドにいるコニャセクとエルベクもスピードもパワーもありそうな選手だ。


 しかし、あまりに真正直にそこを狙おうとし過ぎている。仮に絶好調の状態ならそれでも通るかもしれないが、ドイツの状態もまだまだでパスや動きも洗練されていない。結果、簡単に補足できている。



 試合の流れは日本が制している。


 この勢いで得点が欲しい。


 これも簡単にもたらされた。


 前半16分、中盤にいたリヒターが一旦下げようとした。そのボールがキックミスになったのかスピードが出ない。緒方がDFより先に追いついて、そのままダイレクトに中央に流す。


 ドイツの守備陣はミス絡みで慌てている。ボールとボールホルダー、更に走っている選手の全てを捉えることが不可能だ。


 右ウイングのポジションから中に入ってきた上木葉がボールを受け、スピードにのったドリブルでDFをかわしてゴールに迫る。ゴールキーパー・ゼルマイヤーが出てきたところを右に流して、星名が無人のゴールへと蹴り込んだ。



 一番注目されている星名が先制点。


 日本の応援団が沸き上がる。



 失点を喫したドイツは、気持ち的には前に出ようとしてくるが、攻撃が単調で読みやすい。


 ミスパスから失点を喫したことと、プレスに対処できないことから焦りを生じているのだろう。更に小さなミスが続いて、日本の攻めが続く。


 もっとも、日本側もボール支配まではできるが、最終局面で星名と緒方がまだ完全ではない。相互理解の乏しさを露呈したり、チーム戦術に体力を使い過ぎて最終局面でしっかりとプレーできなかったり、といったシーンが続く。


「でも、悪くはない」


 緒方と星名がもっと良い状態で、チームにも馴染んでいれば3点くらい取れたかもしれないが、それは代表チームでは無理な相談である。


 2人が全く役に立たず、中盤以下に負担をかける可能性も予想していただけに、十二分の状態である。



 前半の終盤、ドイツが更に攻勢をかけてきた。


 日本側が疲れていると見たのだろう。サイドバックの2人の上下動が激しくなり、両ウイングのボール保持の時間を長くする。


 しかし、立神がコニャセクを完封しており、佃も対応できている。結果として無理矢理なロングシュートを打ってくるが、これは脅威ではない。



 前半は1-0と日本がリードしている状態で終わった。


 試合を通じて5回は良い形を、と要請したが、良い形の攻めは4回。ほぼノルマ達成である。


 攻められる時間帯もあったが失点しそうなシーンは皆無だった。


「後半の課題は、安心と油断が大敵、ということくらいかな」


 前半途中、何度も「ドイツはこんなものなのかな?」という疑問が過った。


 ピッチでプレーしている選手達もそうなっているかもしれない。


 そこの引き締めだけきっちりできれば、ドイツが後半に余程の覚醒をしない限り、勝ち点1は取れそうである。

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