11月10日 12:20 シドニー・記者会見場

 11月10日。


 開幕戦であるオーストラリアとコロンビアの試合を前に全チームの記者会見が行われていた。


 日本はもちろん、峰木が応じているが、その隣に陽人と星名も座っている。


 陽人の立場はチームコーチ。


 当初、リザーブメンバーなので試合会場の外にいる予定だったが、ダメ元でベンチ入り申請したら「人数に問題がないなら、スタッフとして入ることは自由」とあっさり認められたのである。違いはというとテクニカルエリアに入る資格がないことだが、これはほとんど問題にならない。



 直前会見に参加している記者は合計4人。日本からの記者が2人で、その他は海外メディアが2人である。


 人数だけで言うのなら、冬の高校選手権の記者会見の方が遥かに多い。


 日本の記者については既に2人とも自己紹介を受けている。一人が夕日新聞の記者で、もう一人はサッカーブックスの記者だ。サッカーブックスの太田記者が峰木に質問を投げかける。


『ここまでの調整はどうですか?』

「まずまずの調整で進められています」

『日本国内では4日前のアメリカ戦の評価が芳しくなかったことに関して否定的な意見も多いようですが?』



 4日前のアメリカ戦は0-0という結果だった。


 陽人が関わってきた中では、初の無得点試合である。


 とはいっても試合内容について文句はない。チームの大半のメンバーは調子の底になっていた。そこから初戦のドイツ戦目指して上げていくつもりだったので、満足なプレーができなかったのは仕方ない。


 惨敗すらありうると思っていたので、ボール支配がしっかりでき、プレスもきっちりできていたことは収穫だと思ったほどである。


 千尋の谷に突き落とすような形で先発させた星名と緒方も、チーム内の動きは満足な出来であった。チーム戦術の遂行に必死過ぎて肝心のゴール前で余力がないという状態で無得点だった点は課題だが、それは今後改善すれば良い。


 しかし、0-0という結果に加えて、得点を取れそうな気配もない星名と緒方を最後まで使い続けたことに関して、わざわざ試合を見ていた者には不満もあったらしい。



「面白くない試合であったことについては否定しませんが、親善試合は課題をあぶりだすのが目的です。そういう点では十分良かったと思います」

『初戦のドイツ戦までには解消されると見て良いのでしょうか?』

「もちろん、解消には努めます。ただ、我々はドイツに勝つためだけに来たのではなく、あくまでトーナメントで上位を目指すためにオーストラリアに来ております」


 峰木が答える。


 もちろん、解消はしているが、初戦のドイツ戦は絶対的に勝つという意識はない。引き続き星名と緒方の調整と世界のトップクラスチームに対してどの程度のことができるかという試金石として捉えている。勝てればそれに越したことはないが、負けてもさほど問題はない。


 勝つつもりのない試合に対して「万全です」と答えるのは不誠実である。とはいえ、「ドイツ戦は負けても良いので」とも公言しづらい。


 結果的にやや歯切れの悪い言葉となった。



 太田の質問はそこで終わり、今度は英国人記者が質問した。こちらは陽人と星名に向かうようだ。


『ホシナ、調子はどうだい?』

「悪くないよ」


 と答えるが、どこかげっそりとしていて不調なようにも見える。


『アメリカ戦では走行量は多かったが、効果的なプレーはできなかった。このことについては?』

「正直に言うと、まだ時差があって完全じゃない。アメリカ戦が不出来だったのは確かだが、終わったことを言っても仕方ない。今はドイツ戦に向けて調子をあげている状態だ」

『大会では期待できるのかな?』

「もちろん」


 続いて陽人に質問が向かう。


『英国で記事になったことによって、ハルト・アマミヤに関心をもつ人が増えています。今回の日本代表は貴方のチームなのでしょうか?』

「監督は峰木さんですので、僕のチームではありません。ただ、もちろん、僕のやり方も反映されてはいます」


 陽人が答えると、隣の星名が「ほぼ掌握しているじゃないか」と小声でつぶやく。


『つまりマネージャー・アマミヤの方法論が、今回のチームに見られると見て良いわけですね?』

「方法論なんて言うほど大層なものではないですが、僕が関与するチームはこういうチームだ、というものは見られると思います」

『期待しています』

「ありがとうございます」



 この記者会見の模様は日本でも録画で放映はされたが、主に峰木の部分で不評だった。


 元々、今回のチームは峰木と陽人が中心となって、高校勢が中心になったのでJリーグファンからは反感が強かった。高踏がヴェストファーレンに勝利したり、陽人のコールズヒル行きのニュースで一時期鎮静化したが、アメリカ戦の不甲斐ない戦いぶりと峰木の会見が、反対勢力に火をつけたと言っても良い。



『ドイツに勝つつもりで来たわけじゃないって、要はカナダとアンゴラにだけ何とか結果出して決勝トーナメント行けばいいってつもりか?』

『最近のドイツは大きな大会で負け続けているのに、明らかに格上って感じで見ていて情けない』

『高校サッカーしか関係したことない連中だから、代表サッカーとかプロサッカーが何であるか理解していない』

『星名もアジアカップの時の方が良かった。アメリカ戦はひたすら走らされていて可哀相だった』

『はっきり言う。男女全年代通じて史上最低の代表だ』



 こうした反感に満ちた意見が増えている状態で、大会を迎えることとなった。



※FIFA大会のベンチ入り人員の資格が見当たらなかったのですが、本田圭佑氏がFIFAの資格なく(GMという肩書)カンボジア代表のベンチにいたようなので、多分、入るだけなら資格ないのかなぁと思って入ることにしました。

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