11月4日 12:45 メルボルン・練習場
翌日の午前11時から、U17日本代表は早速練習をスタートさせた。
練習開始と同時に、22名と残りの2名という図式になった。スムースに動く24人とオロオロしている2人である。
もちろん、その2名は星名と緒方だ。
星名と緒方を除いた22人は、日本国内でも定期的に練習をしてきている。ここで何をやれば良いのか、という頭の切り替えが十分にできている。
一方、残りの2人。うち緒方は合宿には参加していたのでやるべきことは分かっているが、残りのメンバーのようなスイッチの切り替えができていない。
最後の1人、星名に至ってはやるべきことを、陸平や高幡との話レベルでしか認識できていない。練習前に、朝のミーティングでコンセプトなどの説明を受けてはいるが、話に聞くものと実際に見るものとは全くの別物である。
結果として。
「おい、高幡。初日からこんなにハードで大丈夫なのか?」
目まぐるしくボールが動いているミニゲームの最中、プレーが切れたところで星名が早くも疲労困憊という様子で高幡に話しかける。
アジアカップでも中盤を組んだ同士、星名が一番話をしやすいのが高幡と陸平だ。
「ハードか?」
聞かれた高幡はキョトンとした顔をしている。
「時差ボケがあって、まだコンディション不良なんじゃないの?」
この練習では相手側チームにいる陸平も平然とした様子で言っている。
実際、時差が11時間ある場所に1日近く飛行機に乗ってかけつけてきたのだからコンディション不良であったとしても仕方がない。
それでも、星名は納得していない。
「いやいや、おまえ達、全力で走っているだろ?」
2人とも否定する。
「体は9割弱くらいだな。頭は100パーセント働かされているが……」
「コースとポジショニングをきちんと把握して、0.01秒でも早く動くよう心掛けるサッカーだからね。そういうのが積み重なって、必死に走っているように見えるのかもしれないけど」
そうこうしているうちにプレーが再開した。
「星名、緒方」
最初の45分が終わり、陽人が2人を呼んだ。2人ともグラウンドに横になっていたが、仕方なく起き上がって近づいていく。
「次はバレー式フォーメーションをやるけど、一緒に回るか? それとも固定ポジションにつくか?」
「……バレー式?」
「つまり、こういう感じのものだ」
陽人がホワイトボードにフォーメーションを書き込み、前の6人がポジションを周回することを説明する。
「固定したポジションにつくなら、やることは変わらないメリットがある代わりに周囲がどんどん変わってやりにくいデメリットがある。一緒に回る場合、場所は変わっても周囲のメンバーは同じだからそこはやりやすいが、ポジションとスペースの関係をきちんと理解しないといけないデメリットがある」
「……」
星名は完全に表情のなくなった顔で「センターフォワードの位置で……」と口にした。
練習が終わった。
終わると同時に星名がその場に倒れ、周囲が近づいてくる。高幡が声をかけた。
「こんな感じで毎日進んでいく」
「訳が分かんねぇ……」
「陸平はどうなのか知らんが、俺も最初はそうだった。それこそ、天宮は何を考えているんだと思ったわけだが……」
思い出しているのか、苦笑が浮かぶ。
「でも、不思議なものでやっていると、色々なものが見えてくるんだよ。ピッチの色々な角度から試合を見ることで、試合の流れみたいなものが前より読み取れるようになった気がする」
「そうそう。井塚がまさにそんな感じだった」
と後ろから声をかけてきたのは正GK候補の垣野内だ。
同じユースチームに所属していて、今回、メンバーに選ばれながらも膝の負傷で来られなかった井塚マイケルの話を持ち出した。
「あいつも反対サイドとか色々なポジション立ったりして、何かきっかけを掴んだものがあったみたいで滅茶良くなったんだよ。それで起用が続いてケガしてしまったというのが皮肉なのだが……」
「そういえば井塚も残念な形で離脱したとはいえメンバーだったんだし、あいつのユニフォームでもベンチに置いておいた方が良いんじゃないか?」
高幡の言葉に、垣野内も「もちろん」と頷いた。
「監督と天宮に話をして、ベンチに置いてもらうことにした」
高幡が話を元に戻す。
「今日の練習でやったフォーメーションを、実戦でやるのかどうかは分からないが、少なくとも『こんなことができるのは俺達だけだ』というような気分にはなれる。そうした自信とか気づきとかがどんどんあるから、高踏が強くなったんだろうなぁとは思うし、このチームももっと強くなると思う」
「それはそうかもしれんが……」
星名が疲れ切った声を出す。
「あと3日でアメリカ戦だぞ?」
「あぁ、でも親善試合だし、あくまで調整だから結果は二の次だろ?」
「お前らはそうかもしれんが、この状況で90分プレーしてくれと言われた俺はどうするんだよ? フルタイム確約なんて逆にきついわ」
「……じゃ3日で慣れるしかない。泳げない奴を手っ取り早く泳げるようにするには、海の中に放り込むのが一番良いって話もあるし。緒方ともども頑張ってくれ」
高幡は楽しそうに笑って、シャワールームへと向かっていった。
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