10月21日 16:35 高踏高校グラウンド
それからしばらく、高踏高校サッカー部は慌ただしい練習の日々が続くことになった。
陽人とワールドカップ登録メンバーとなった9人は、平日は一部の、週末はほとんど集まってきた代表組と過ごすことになる。
彼らが二面を使って練習をする間、結菜、我妻ら1年幹部が指揮するチームが残り2面を使って練習を行うことになる。
練習は分散することになるが、隣で代表が練習をしているという環境は、当然他のメンバーにとっては刺激となる。
そこに嬉しい知らせが入ってきた。
病気の治療のため、ずっとスタッフとして帯同していた末松至輝に競技復帰の目途が立ったのである。
問題となっていた関節炎はほぼ収まり、経過観察をしながら運動することが認められた。
「良かったね」
報告を受けた結菜達が祝福しているが、本人は「いや~」と苦笑する。
「プレーできるのは嬉しいんですけれど、一年もブランクがあるし、おまけにチームはどんどん先に進んでいて、居場所があるのかどうかさっぱり分かりませんから」
「大丈夫よ。聖恵君ともども新人戦で使うつもりだから」
末松とともにベンチには常にいるが練習に参加していないのが聖恵貴臣だ。
こちらの原因は末松と異なり、成長痛とも呼ばれる急激な成長によるものだ。
その聖恵もある程度メドは見えてきているように見える。入学時には160センチちょっとだった身長は公称では169センチだが、今や175センチの陽人より高く見える。
185センチ以上まで伸びるというのも満更嘘ではないように思えるが、さすがにこの後はある程度落ち着いてきて、練習もできるようになるだろう。
「新人戦ももちろん勝ちには行きたい。でも、末松君と聖恵君は体調の事情で練習ができないのに、できることを頑張ってきているのだし。仮に2人の試合勘のせいで一試合二試合を落としたとしても、それは必要な敗戦だと思うわ。それでいいでしょ?」
と、メンバーに問いかける。
反対はない。全員が「構わないよ」と頷いている。
「何か新人戦のことが俺達不在のところで決まっているぞ」
隣のピッチで話を聞いていた後田が、苦笑しながら陽人に話す。
「……末松も聖恵の2人はプレーしたいけど練習できないっていう一番辛い状況にいるわけだからな。それで半年以上雑用をやりながらついてきているわけだし、俺も構わないと思うぞ」
「それはもちろん、俺もあの2人に試合させてやりたいけど……」
後田は真面目な顔をして話す。
「ひょっとしたら、このまま結菜ちゃんにチームを乗っ取られるんじゃないか?」
「……あいつも、どこかの女子チーム部門狙っているみたいだから……」
陽人が大学経由でプレミアリーグに行くとなって、結菜も「男子部門は無理だろうけど、同じパターンで大学から女子チームを目指す」と気合を入れていた。つまり、成果が欲しい状況だ。
「もう就職先の決まっている人は指揮しなくてもいいでしょ? オックスフォードにちゃんと行けるように勉強に専念した方がいいんじゃない? チームは私が見ておくから」
となって、妹に追い出される可能性もないとは言えない。
代表と高校、二重練習が一か月続いて10月中旬。
いよいよ県予選を迎える。
二度目の選手権予選。
優勝候補としての参加、ワールドカップのための準備。
様々な変化がある環境の中で臨んだが、準々決勝までは無難に勝ち抜いていった。
10月14日・二回戦
高踏5-0竜山院
得点者:司城2、加藤、神津、浅川
10月20日・三回戦
高踏7-0松平商業
得点者:篠倉2、櫛木2、芦ケ原、鈴原、石狩
10月21日・準々決勝
高踏5-0西海大三河
得点者:司城2、弦本、加藤、神沢
陽人達は代表の練習があるので、試合には帯同していない。練習の合間にネットの情報などで状況を確認するだけである。
陽人達だけではない、洛東平安、北日本短大付属、武州総合のメンバーもそれぞれの県予選に参加することなく、代表での練習に帯同している。試合時間の最中は練習の合間にベンチそばにある端末で試合経過を確認している選手が散見されるが、さすがにそれについては何も言わないことにしておいた。
各地域とも予選が進んでいるが、いずれのチームも勝ち上がっているようだ。
さしあたり、高踏にとっては残り2つである。
27日の準決勝。
対戦相手は鳴峰館……ではなく、準々決勝で鳴峰館に1-0と勝利した樫谷高校。
昨年の名目上の監督・藤沖亮介との対決となる。
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