10月23日 17:55 クラブハウス内

 準決勝を4日後に控えて、結菜と我妻、辻と末松が視聴覚室で樫谷の試合をチェックしていた。


 樫谷とは4月に練習試合を組んで、4面のコートを使って多くの試合を組んだ。


 ただし、その時はどちらもチーム作成段階であり、勝ちに行くための工夫は特にしていない。高踏側は勝つよりも様々な経験をさせることに主眼を置いていた。


 なので、この試合は選手の特徴を確認するくらいなら使えるが、樫谷の戦い方という点では全く参考にならないと言っていいだろう。



 樫谷は選手の質という点では、4強より劣る。


 それは現時点でも変わりがない。


 鳴峰館との試合映像をチェックしていても個人として特別に凄いと思う選手はいない。


 ただし、藤沖の選手起用の傾向は見えてきた。


 というよりも、昨年の高踏のようにメンバー発表の時点で「おい」と突っ込みたくなる状況となっている。


「CBに10番の名塚さん、14番の野口さん」

「実際、この2人が一番パスうまそうよね」


 樫谷は伝統的に4-4-2であったが、この大会では3-5-2で臨んでいるようである。CB3人は最後尾にスイーパー的にいる6番の田口に、10番の名塚と14番の野口、この2人はパスセンスで起用されているようだ。


 この2人が最後尾から空いたスペースにいる味方へと回し、そこから次のパスが早めにつながった時に、樫谷のチャンスとなっている。


「林崎さんを更にオフェンシブにして2人揃えた感じかな」


 高踏はハイラインを引いて、プレスをかける。そのためパスの起点となるのは最後尾にいる林崎である。林崎がパスを回して、鈴原や両サイドバックがテンポを上げていく。


 樫谷はもう少し直線的なようで、前線と中盤は粘り強く動き回り、ボールを回収したらすぐに後ろに回す。そのうえで最後方の司令塔である名塚と野口が人のいないスペースへ送り出して速い攻撃を狙う。


 前線と中盤は個人として特筆すべき能力をもつ者はいないようだ。相手がボールを持っている時に粘り強く追い回していることと、攻撃時にはシンプルに前に進むことに主眼を置いている。



「……問題はこれを準決勝でもやってくるか、どうか」

「どう思う?」

「やってくる」


 我妻の問いに結菜が答える。


「名塚さんと野口さんは多分それほど守備はうまくないから最終ラインまで攻め込まれれば大敗しかねない。だけど、今回絶対勝つというより、来年も見据えていると思う」


 今回の対戦に加えて、来年の総体予選、リーグ戦、選手権予選でも顔合わせする可能性がある。


「毎回、なるべく善戦したいだけならディフェンシブに来ると思うけど、一度は泡を吹かせてやるってつもりだと思う」


 高踏は徹底した早いプレスで高校サッカー界の頂点近い位置まで上り詰めてきた。


 早いプレスを仕掛けているということは、それだけ狭い地域に多くの選手が集まっていることを意味する。仮にその地域から素早くボールを切り離して、別の地域に運ぶことができれば一転して新しい地域では人数不足に陥る。


 もちろん、こうした思い切った作戦は格上相手だと通じないことが多い。しかし、通じた時には一気に主導権を握れる可能性がある。


 四度の善戦よりは三度の大敗と一度の勝利。


 肉を切らせて骨を切りに行く、藤沖のそうした意図が伝わってくる。



「それじゃ、どうする? こちらは何か対策する?」


 我妻の再度の問い掛けには「まさか」と首を振った。


「藤沖先生には悪いけど、こちらはもっと上を狙っているの。細かく対策をした方が目先の勝率は上がるけど、それを繰り返していたらスペシャルなチームにはなれないでしょ。向こうが三度大敗する覚悟で一つの勝ちを狙ってくるのなら、こちらは四度大勝するべくいつものプレーをしっかりやるだけ」


 チームとして対策をとることはない。


 ただし、練習では別である。


「明日と明後日の練習には、草山君に来てもらおうかしら」

「どうするの?」

「紅白戦で、樫谷のCBの役割を務めてもらうのよ。もう片方には弦本君を入れて相手が下げて空いたスペースを狙ってくるということはしっかり経験させておかないと」


 林崎が代表練習に帯同している。道明寺もパスを出せるタイプだが、彼は先発で起用する予定なので紅白戦の相手チームに入れるわけにはいかない。


 残った中でパスが出せるのは一年の弦本くらいしかいないが、練習に参加してくれる存在まで含めて良いのなら中学三年の草山紫月がいる。中学三年だがことパスセンスだけなら樫谷の2人はもちろん、Aチームでも敵う者がいないほどの存在だ。


「……もし、機能するようなら、来年草山君をCBで使ってみるのもいいかもね。園口さんと立神さんが卒業したらサイド専門の人は神田君くらいだし、3バックにしてしまうのも手かも」

「いくら何でも先の話過ぎない?」


 我妻も辻も呆れたような顔をする。


 来年のことを言えば鬼が笑うと言う。


 2年後のことを話すと、一体何が笑うのか。


「もちろん、先のことを考えすぎるのは良くないけど、考えておいたとしてもバチは当たらないでしょ」


 結菜は真顔で答え、その後もしばらく考えていた。

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