8月26日 11:00 高踏高校グラウンド

 合宿二日目。


 代表組は円形ピッチの2ゴール紅白戦を1年チーム相手にやっている。


「なでしこが男子高校生と練習をするのは聞いたことがあるけれども、仮にも世代別代表が1年生と練習するのは、ね」


 峰木をはじめスタッフは苦笑しているが、実際に良い勝負……しかも1年の方が若干有利、に進んでいるのだから文句の言いようがない。


「あのドリブラーの子も大分判断が良くなってきた」


 峰木が言うのは加藤のことだ。


 インターハイでもドリブルで持ち出すと離さない傾向が強かったが、今の試合では進むべきは行くが、ドリブルで勝負しない方が良いと判断した時には簡単にパスを出している。


 陽人が答える。


「……加藤は、フォーメーション練習を続けて、味方がこの辺りにいるだろうということを分かり始めた感じですね。多分、見えてないと思いますが、そこにいるだろうと思ってパスしています」

「見えていない?」


 峰木が驚いた。


 加藤は自身がボールを持っていない時は視野に問題があるわけではないが、持った途端に急に自分の周囲にフォーカスしてしまい、周りが見えなくなり、ドリブルに走る。


 ただ、フォーメーション練習を繰り返してピッチ内の人とボールとスペースの配置は頭に入ってきている。見えなくても、「多分ここに味方がいるだろう」と信じて、見ないままパスを出すようになっている。


「浅川も加藤くらい無責任になれればいいんですけどね」


 周りが見えていないという点では浅川光琴も共通しているが、こちらは加藤のように「俺には見えてないけどその辺りにいるはずだからパス出す」というようなことはない。取られればどうしようという思いがどうしてもあるのだろう。その心配をすること自体はやむをえないが結果として、余分な動きがあって時間を潰してしまっている。


「ま、能力は高いのでもうちょっと長い目で見るしかないですね」



 45分の練習が終わり、15分の休憩の後、2つ目の練習に入る。


 通常ピッチのフォーメーション練習ではさすがに代表組が全体的に優勢だ。


 これは個々の能力差もあるし、1年の中には「体力差があるので競り合わないように」と言っている者が2人いることも影響している。


 しかし、最初に試合を動かしたのはそのうちの1人だ。


 パス回しの局面から、いきなりディフェンスを切り裂くスルーパス一閃、受けた司城が簡単に決めた。


「いきなりノートラップからのスルーパス!? これだけ目まぐるしくフォーメーションが変わっている中で……? すごい1年がいるものだね」


 峰木の驚きに、陽人が苦笑する。


「いや、彼は中3です」


 ボールと会話が出来る? 佐久間サラの弟の草山紫月である。


「中学3年……?」

「さすがに競り合いさせるのは危険ですが、パスセンスとカットのセンスは通用するだろうと思って出してみました」

「いやぁ……、凄いね」

「そうなんです。ものすごくシャイなのでコミュニケーションは大変ですが」


 とはいえ、戦術センスもかなり際立ったものがあり、難しい練習でも大きく混乱している様子はない。淡々と無口にこなしているから、コミュニケーションは最小限でも何とかなっている。


(今の1年が3年になった時には、FWは楽しくて仕方ないだろうなぁ)


 ドリブラーの加藤が切り崩して、(入学が条件だが)草山からはスルーパスがやってくる。しかもサポート役として戎がついている。アタッカーとしてこれ以上ない恵まれた環境になるに違いない。



 もっとも、この見事なゴールで代表組にも更に火がついた。


 変則形式の試合ならともかく条件付きとはいえ普通の紅白戦形式で負けるわけにはいかないと更に必死になってくる。草山と体格の弱い田中が競り合いに来ないことも分かったことも利用して猛攻をしかけてきた。


 とはいえ、1年もやられっぱなしではない。時々カウンターで応酬する。


 そんな45分は、両GKの垣野内と水田の好セーブもあり終わってみれば2-1。


 ここは代表が意地を見せる形になった。



 2度目の休憩に入った。


「1年と良い試合をしているという状況をどう評価したら良いか分からないが、中々面白い試合だったね」


 峰木の言葉に陽人は「仕方ないのでは」と応じる。


「もちろん能力差は高いですが、結成して2日目ですしね。しかも得意ポジション以外のところもやらせているわけですし」


 雑談しているところにモラレスが近づいてきた。


「監督、コーチ」

「……どうしたんだ?」

「さっき、佃が言っていたんだが、北日本の面々は合宿が終わった後もここに来てフォーメーション練習なんかをするんだって?」

「あぁ、そう聞いてはいる……」


 同意したいわけではないが、向こうが来ると言う以上無下にも扱えない。


 実際に来たなら一緒に練習させるしかないだろう。


「チームと話し合う必要があるが、俺も来ていいだろうか?」


 陽人は思わず峰木とモラレスと、2人の顔を見比べた。


「俺はまだトップチームに呼ばれることはないと思うし、ユースとこっちと行き来しているよりは、こっちに専念した方が選手として伸びる気がしてきた。もちろん、代表で活躍できれば個人的な知名度もあがるし」

「ふむ。私は断る理由はないが、天宮君はどうだい?」

「いや、それはまあ……」


 既に北日本や洛東の面々も来る以上、彼だけ断るわけにもいかない。


「来るのなら、拒むことはないよ」

「分かった。帰ったら、相談してみる」


 モラレスは頷いてそのまま戻っていった。



 この時、陽人は重要なことを見落としていた。


 ユース所属のモラレスは、一般の高校生達と違う。平日も結構やってくるのだ、ということを。

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