8月25日 20:44 クラブハウス内

 夜。


 高踏高校のメンバーはそれぞれ自宅へと帰っていったが、代表選手とスタッフはそのままクラブハウス内で宿泊することとなる。


 元々、ゴルフ場のクラブハウスとして作られたものであるので浴室もあるし、空いている部屋にJFAの方からベッドを持ち込んで、そのまま寝ることになる。



 20時過ぎ、メンバーが大浴場に順次入っていく。残りのメンバーは広間でテレビを見ながら雑談に興じていた。


「いや~、しかし、ここって公立高校で、一部を別にすれば高踏高校のメンバーって特別すごい選手でもなかったんだろ? なのに、昼間は全く対抗できなかったんだが……」


 首を傾げながら言うのは緒方博哉だ。今回選ばれた中では、J2ではあるがチームのレギュラーを掴んでいるただ一人の選手であり、シーズンで7ゴールをあげている。


「戦術が相当なものということはもちろん聞いていた。実際に相当なものだった。高踏高校は進学校であるし、戦術研究に熱心だというからそれは分かる。だけど、それ以上に個々人の能力が予想以上に高いんだよな。それが理解できない。1、2年でそんなに能力って伸びるものなのか……?」

「自信満々でプレーしている印象があるから、能力以上のものが発揮できているんじゃないか? あとはチーム戦術に沿った形で能力を伸ばしているから、無駄なく力を発揮できている的な……」


 モラレスが応じて、七瀬が追随する。


「自信満々はあるな。インターハイの前に試合をしたけれど、何というか『俺達は高踏だ』みたいな雰囲気があったからな。既に大きな大会を優勝したかのような堂々とした雰囲気があった。それこそ2試合ハンデでもない限り、どこも勝てなかっただろうなぁ」

「悪かったね。2試合ハンデをもらってしまって。どうせ武州はインターハイ史上もっとも不公平な優勝チームですよ」


 楠原が苦笑しながら答えた。


「それはそれとして、特別なメンタリティは感じるね。俗に勝者のメンタリティと言うけれど、勝ち続けているチームには『勝ち続けた結果があるからウチは強い。おまえらと違うからこの試合も勝つ』という自信がある。高踏は勝っているわけではないけれど、『ウチは一番凄いサッカーをやっているから、おまえらと違う』という自信をもっていそうだ。いずれにしても」

「いずれにしても?」

「少なくても今日の午後に関しては、『寄せ集めで初めてチームを組むお前達が勝てると思っているのか?』くらい完全に飲んでかかっていたように見える。それもあるから余計にうまく見えたんじゃないかな?」

「なるほどなぁ」


 結論らしきものが出たことで、一旦話は打ち切りとなる。



 全員、入浴が終わり、大広間に集まって再びテレビを見る。


「お前達って卒業したらどこに行くん?」


 Jリーグの下部組織組が北日本短大付属の4人に尋ねた。


「まだ、特に何も来てないなぁ」


 佃が最初に答え、残りの3人も頷いた。ユースが拡大している中では、中々高校からJの有力チームに行くのは難しい。2部や3部からスタートという可能性も普通にある。


「天宮に気に入られれば、将来的にプレミアに行けるのかなぁ」


 誰ともなくそんな声が出た。


 コールズヒルが陽人に関心を有している、という情報について知らない者はいない。


 ヨーロッパのトップリーグから関心を向けられる選手はいたが、指導者として、というのは初めてである。もちろん陽人が高校卒業後にいきなりコールズヒルの監督になるとは誰も思っていないが、フロントに入ってアジア人のスカウトや指導に携わることは容易に想像できた。


「仮にあいつが監督になって、プレミアでもあんな訳の分からないことをやるんかね?」

「というか、そういうことをやるから評価されたんだろうし、な。やらないなら、あいつがイギリスに行く意味がないんじゃないか?」



 ぼんやり聞いていた高幡が、佃に話しかける。


「先のことも結構だが、直近のことも考えないといけない」

「直近のこと?」

「高踏高校は、現時点で高校サッカー史上に残る驚異的な戦術チームとしての地位を確立していて、今、代表選手まで交えて練習しているから、1年も更に伸びる。この冬はもちろん、来年も含めて更に差をつけられかねない状況が不可避だ」


 全員が「うわぁ」と気圧された顔をした。高幡が言う。


「いや、ユース組は関係ないだろ?」


 と言うが、原野が首を振る。


「プリンスリーグや高円宮杯があるから関係あるぞ」


 高踏は現在県の1部リーグに所属している。


 ここで好成績を残して昇格すると、各地区のプリンスリーグに所属することになり、そこにはJのユース組も多数所属している。静岡に所属している原野にとっては全く他人事ではない。


 最高峰の高円宮杯に出るためには、更にもう一つ昇格して東西のプレミアリーグに所属する必要があるが、再来年にはそこにいる可能性が高い。


 その時点では、ここにいるメンバーは全員高校を卒業していることになるが、今日プレーしていた高踏の1年生達はそこにたどり着く可能性がある。


「つまり、今後3年、どんどん高踏の天下が広がりかねない、というわけだ」


 現時点ですら、代表合宿が高踏で行われるなど席巻されている。


 それが更に何年も続くかもしれない。高幡の溜息に周囲も重い息を吐いた。

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