8月25日 15:40 高踏高校グラウンド

前半10分:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093081685106995


 楠原は自分が試合に出ていなかったことを感謝した。


 もしピッチにいたなら、何が起きているのかさっぱり分からなかっただろう。今、モラレスと高幡が混乱しまくっているのと同じように。


「しかし、どうして高踏はインターハイでこれをしなかったんだ……?」


 当然の疑問が湧いてくる。


 仮にインターハイでこれをやられれば、環境など全く関係なく、完膚なきまでにやられていたはずだ。前線で出る選手がどう動くか、付近に誰がいるのか、組合せは無数だ。対策の練りようもない。仮に対策をしても混乱してパニックになるだけだろう。



 少し考えて、楠原は結論を出した。


「しなかったのではなく、できなかった……。日程が過密過ぎるから」


 このフォーメーションの攻撃の鍵を握るのは颯田、バランスを取るのは稲城と戎のように見えた。戎は1年生だ。体格も小さいので総体のスケジュールだと一試合出たら三試合は休む必要がありそうだ。だから出せなかったのだろう。


 更には瑞江、立神、陸平が代表に行っていたこともポイントだったのかもしれない。


「アジアカップに出ていた3人は、まだ消化しきれていないのかもしれない。少なくともインターハイの時点では無理だった……」



 楠原は周りの反応を伺おうと周囲を見た。


 その時初めて、取材陣が遠ざけられていることに気が付いた。この対抗戦は非公開になっていたようだ。


 失敗のリスクを恐れた、というような小さい話ではないだろう。


「まだ見せたくない、ということか」



 20分が経過したが、完全なワンサイド。より正確には代表側の心がどんどん折れていっているのが伝わってくる。失点されても無反応になっているし。


「あぁ、この試合、90分続けても無意味だ」


 ボールが回ってきたモラレスの表情を見て、楠原は思った。


「俺に回さないでくれよ」という泣きそうな顔をしている。どこから誰がプレスをかけてくるのか、取られたら誰のマークにつくべきなのか、全く分からない。ロングボールでもあげてくれ。それならどうにかやるべきことを理解できるから。


 顔を見ただけで、そう思っているのが明らかだ。


 高幡も、上木葉も含めて中盤がボールを怖がっている。これでは試合にならない。


「監督、もうやめた方が良くないですか?」


 スコアは4-0であるが、それ以上に完全にパニックになっている。これ以上続けても、自信をなくすだけである。


 峰木も頷いて、25分の段階で笛を吹いた。


「どうする、まだ続けるか?」

「……試合になりません。何が何だかさっぱり分からないんですから」


 高幡が言って、全員の反応を見た。全員、力なく頷いている。



「よし、では終了だ」


 結局、25分で対抗戦は終了した。


「それにしても、よくもまあこんな理解不可能なやり方を思いついたものだね」


 峰木が陽人に呆れたような、感心したような声をかける。


「最近、練習時間が中々取れなくて、まだ全員ではできないんですよ」

「いや、全員でやられたら溜まったものじゃないんだが。……というか、そもそも何だったんだ?」


 佃は結局、試合中何が起こっていたのかはっきり分からなかったようだ。


 陽人より先に楠原が答える。


「高踏は前の6人、プレーが一度切れる度にポジションを一つずつ移動していた。7プレー目で元に戻ってくる、ということだ」

「はぁぁ……?」


 一同があんぐりと口を開いた。


「ということは、CFやったりアンカーやったりしていたわけか? そんなことできんのか?」

「いや、やっていただろ?」


 唖然として反論するモラレスに、楠原が苦笑して答える。


「訳が分からんから俺にパス出すなって顔をしていたぞ?」

「いや、それは……」


 モラレスが口ごもる横で高幡が呆れたように言う。


「しかも、ここに瑞江、立神、陸平が入ってくるわけだから……」



 主戦3人が出ていれば、一体どんなことになるのか。全員慄然となる。


 もっとも、楠原の予想した通り、3人はめいめいに「そうじゃないよ」と言う。


「このフォーメーションは、俺達が代表に行っていた時からやりはじめたからまだあまり練習できていないんだ」

「そうなのか……」

「ま、11月には間に合わせるつもりだけど」

「うわぁ……」


 全員がげんなりとなり、陽人もはあと溜息をついた。


「スケジュールが増えに増えて練習が本当にできないんだ。当初は県予選でこれを使って、その後はもう一つ上を試してみようかなぁと思っていたんだけど、とても時間がない……」

「まだ上があんのかよ……」


 全員がうんざりとした顔をする。



 陽人が気を取り直したように言う。


「ま、とりあえず11月までにこうしたものもオプションとして入れていきたいから、みんなもよろしく頼むよ」

「……は?」


 代表メンバーが一斉に陽人の顔を見た。


「11月までにオプションって……」


 楠原以外の全員が呆気に取られた様子で、自信なさげに尋ねる。


「もしかして、俺達もやるってこと?」

「もちろん。個人練習は口出ししないけど、チーム練習はこういうパターンを前提にしていきたい」


 陽人があっさりと頷いた。


 モラレスが頭を抱えて呟いた。


「とんでもないところに来てしまった……」

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