8月25日 15:06 高踏高校グラウンド

 8月25日早朝。


 上越新幹線の熊谷駅に楠原琉輝の姿があった。


 武州総合高校MFにして、U17日本代表に初招集された彼は、同級生の高幡昇と共に名古屋に向かうことになっていたのである。


 熊谷から東京まで上越新幹線、更に東京からは東海道新幹線で名古屋まで行くという行程は、乗り継ぎ時間にもよるが3時間程度の旅となる。



 11時過ぎに名古屋につくと他のメンバーを待って協会が手配したバスに乗る。


 隣には、途中の大宮で乗り合わせてきた、さいたまFCのMFディエゴ・モラレスの姿もある。名前から想像がつく通り帰化したパラグアイ出身の父とアルゼンチン出身の母をもつ国際色豊かな選手だ。フィジカルの強いタフなプレーがウリと言われている。


「戦術だけで戦うなんて無理だって示してやるよ」


 と、意気軒高だ。


「期待していますよ」


 楠原は曖昧に答えた。


 インターハイで実際に戦った経験からして、高踏のチーム力は高校レベルでは圧倒的だということは理解している。ただ、彼らを軸に世界で戦うことまでいけるのか、そこまでは分からない。



 1時前に高踏高校に着いた。グラウンドに出て、一同が驚く。


「これは凄いな。確かに代表合宿できるだけの施設がある」


 県立の進学校が四面のグラウンドを確保していることも驚きだし、クラブハウスもしっかりしたものである。下手なJチームよりも良い施設かもしれない。


 既に高踏のメンバーも集結していた。


 簡単な挨拶をした後、峰木が口を開く。


「それでは、論より証拠という。準備運動をした後、早速、紅白戦をしてみよう」



 既にバスの中で、紅白戦に向けての代表メンバーは発表されている。


 GK:垣野内

 DF:佃、原野、角原、井塚

 MF:モラレス、高幡、上木葉

 FW:城本、緒方、七瀬



 楠原は控えである。総体で高幡不在の武州総合を優勝に導いたとはいえ、代表レギュラーとまでは行かないようだ。


 もっとも、それほど気にしていない。楠原自身、武州総合ではもっとも戦術研究をしていて、チーム戦術にもよく口出しをしている。


 高踏高校の戦術を直にチェックできる機会は中々ない。メモを取り出して待機している。



 一方の高踏メンバーが発表されると、代表側から驚きの声があがる。


 GK:鹿海

 DF:神津、石狩、林崎、園口

 MF:鈴原、戎、司城

 FW:篠倉、稲城、颯田



「3人は出ないのか?」


 瑞江、立神、陸平の名前が不在であることに疑問の声が飛ぶ。


「3人は両チーム所属扱いなので、とりあえず前半は待機してもらうつもりです」


 陽人が説明した。


 舐められている。そんな怒りに満ちた感情を多くの選手が抱いたのが伝わった。


 楠原は怒りまでは抱かないが、さすがに首を傾げる。ちょっとやり過ぎではないか?



フォーメーション:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093081627826915



 試合が開始した。


 代表はさっき集まったばかりの急造チームであるので、まずは受け身にならざるをえない。


 それでも代表選手であるから、少ない時間で相手との間合いや距離は理解できるだろう。


 楠原はそう考えていたが、3分、早くも高踏が先制点を取る。



 佃に出たボールをCFに入っている稲城がかっさらい、ボールを中へ出した。走ってきた颯田が抜け出して、そのままGK垣野内もかわしてゴール右隅に流し込んだ。


 楠原が唸る。


「CFの稲城があれだけ佃に速く詰め、しかも右ウイングの颯田が二列目から飛び出すような形を取られては、どうにもならないな。モラレスはちょっと注意力散漫だが」


 実際、ピッチの中でも二列目の位置から颯田を独走させたモラレスに注意が飛んでいる。本人も自覚しているのだろう、「すまん」と手を合わせている。


「自信満々はいいけど、油断はなぁ。これで引き締めるだろうけれど……」



 しかし、5分、またも颯田が得点をあげる。


 今度は颯田が中央でボールを受けた。モラレスがチェックに行ったが、同じく高幡もチェックに行っており、味方同士が衝突して揃って転倒してしまう。


 結果、がら空きになった中盤を進まれて、司城とのワンツーを経由してまたも垣野内と1対1。これもあっさり決める。


「颯田はトップ下? 完全な自由がある? 今は昇とモラレスの中間地点から走り出していて変幻自在だな。あれだけ勝手に動く選手がいたら、陣形が乱れるはずだが……」


 楠原がメモを取るために下を向いて、顔をあげた。


「……?」


 颯田が左サイド側に流れている。フリーロールでそこに移動したのかもしれない。


 それと同じくらい目立つのが長身の篠倉が右中盤の位置にいることだ。そんなところにいたはずがない。最初は中央ではないが前線にいたはずだ。


「……これは一体? ポジションチェンジとしても、ちょっとその度を越えているような……いや、待てよ」


 楠原は素早くフォーメーションを書いていく。


「最初右サイドにいた颯田が、先制点時には二列目の右、次は昇とモラレスが衝突した……中央の位置、そこから今は二列目の左。一方、当初左ウイングにいた篠倉が右の位置に……。前線には中盤にいたはずの鈴原や戎がいる。そうか、そういうこと……」


 高踏がやっていることは見えてきた。


 しかし、それをやっている、ということが理解不能である。


「……前の6人がポジションを回っている? ということは、その全ての形で守備とポジショニングを破綻させない自信があるということか? ポジションごとの特性とかそういうものを……全て……理解している?」

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