8月17日 17:06 千葉県鴨川市競技場
ハーフタイムに入り、選手達が引き上げてくる。
先程までついていた男は、離れた場所に下がっていった。
一応、試合中のチーム、ハーフタイムの作戦を聞くのは良くないと思ったようだ。
陽人はそう思ったが、戻ってきた瑞江が驚きの言葉を放った。
「ベンチからスペイン語が聞こえてきたけど、誰かいたのか?」
「スペイン語!?」
陽人だけでなく、後田も結菜も驚いた。
自分達がドイツ語と思っていたものが、実はスペイン語だったというのだから。
ただ、無理はない。全員、英語は分かる。聞き取れるかどうかは別にして、英語が話されているかどうかは分かる。しかし、ドイツ語とスペイン語の会話は聞いたことがないから、目の前で話されてもそれがどちらかはっきりとは分からない。
特に、相手がドイツチームのジャージーを着ていたとなると、ドイツ語と思い込んでしまう。
瑞江は3年間アメリカで過ごしている。アメリカにもヒスパニック系がいるので、スペイン語で話されていることくらいは分かるのだろう。
「あーっ!?」
その瞬間、結菜が叫んだ。
「あの人、アンダルシアFCのスポーツ・ディレクターだ!」
アンダルシアFCはスペインのビッグクラブの一つである。
チャンピオンズリーグの上位進出はないが、その下のカテゴリーであるヨーロッパカップは7度制している。キングス・マドリード、FCカタルーニャの超強豪に続く二番手グループの中でも上位に位置している印象のあるクラブだ。
そのクラブで長年スポーツ・ディレクターを務めていたのがマリアーノ・ロッジである。予算が決して大きいとはいえないチームにおいて、安い選手を取り、高く売るという方針でチーム力を維持してきた辣腕だ。
「ハハハ、実は1年前からコールズヒルのスポーツ・ディレクターに就任していたんだよ」
素性がばれたと気づいたようで、あっさり通訳を交えて話をしてきた。
「まあ、細かい話は後半にしよう。ハーフタイムの指示があるだろう。そちらに集中しなさい」
「……」
促されたものの、特に言うこともない。
前半45分はほぼ圧倒していて、練習のようなものだった。
選手交代も戸狩の起用以外は特に考えていないので、指示すること自体がない。
「良い出来だった。油断せずに行こう」
我ながら中身がない話だと思いつつも、陽人が話せる内容はそれしかなかった。
ハーフタイムが終わり、ロッジが戻ってきた。
「……そのジャージーは一体何だったんですか?」
「ハハハ、コールズヒルのジャージーだと入りづらかったからね」
「……」
確かにヴェストファーレンとの試合中にコールズヒルのジャージーで入られれば同席を断ったかもしれない。
「近づくのを断られるリスクを負ってまで、何がしたいんですか?」
「もちろん、この過当する情報競争社会の中で、いち早く仕入れた情報を元にスカウトに来た、ということだ」
「……昨日も神津や司城を評価していましたね」
陽人の言葉にロッジが頷く。
「報告は聞いている。ただ、私は今日成田からここに駆けつけてきたので、ね。残念ながらまだ映像は見ていない」
「そうですか……」
答えて、結構凄いことのような気がしてきた。
プレミアリーグのスポーツ・ディレクターがわざわざ日本にやってきたのである。しかも、どうやら高踏を見るためだけに。
「今日の前半だけを見ただけでも、素晴らしい。先ほど話をした通り、積んでいるOSが違う。おそらくどのチームもここから1人や2人は欲しいと思うだろう。2部まで広げるのであれば、全員がショーウィンドーに並んでいると言っても良い」
「……」
それも凄い評価だな、と思った。
「進路については、国内外とも冬の選手権が終わった後に発表することになっていますので」
「そういう話をしていることも聞いているよ。そのうえで一足先にやってきた。仮条件を提示しようと思って、ね」
「仮条件!?」
ということは、既に獲得したいという意思が内定しているということのようだ。これもまた驚きである。
「えっと、誰ですか……?」
陽人が尋ねると、ロッジははぐらかすように言う。
「……このチームは君が一年半前かに作ったチームらしいね」
「作ったというか、結果的にこうなったといいますか……」
「仮に南米やヨーロッパで、どんなカテゴリーでもかまわないが一年半もの間、驚くべき結果を出したプレイヤーがいたとしよう、獲得要請が殺到し、契約条件が高騰することは疑いない」
「……まあ、そうかもしれませんね」
世界のサッカーのニュースをくまなく追っていなくても、ティーンエイジャーが有力チームに青田買いされるような話は頻繁に聞く。一年半どころか半年の大活躍だけでも、契約する選手はいるだろう。
「翻ってアジアでそのような結果を出している若いマネージャーはどうか、ということだ」
「……マネージャー?」
「そう。マネージャーだ。コールズヒルFCは二つの理由から、このチームの監督を青田買いすることを決定し、未来のスタッフとして招き入れるための仮条件を提示しようという結論に至った。そのために私が今日、ここまでやってきた」
「げげっ!?」
陽人が叫び、ベンチで聞いていた全員が「おぉっ!?」と声をあげた。
ピッチ上では、瑞江がチームの4点目をあげたところであったが、その歓喜よりも衝撃の方が大きかった。
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